実態なき“官製賃上げ”はマイナス金利解除の根拠にならない 丹治倫敦
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労働組合のある大手企業だけを見て、賃上げ機運の盛り上がりと錯覚していないだろうか。中小・零細は慎重な姿勢を崩していない。
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日銀がマイナス金利解除を含む金融政策正常化に踏み込むとの見方が根強い中、市場でも賃金・物価動向がかつてないほど注目されている。足元、賃上げ機運が高まっている、という論調が多くみられ、それが日銀の正常化観測の一つの根拠となっている節があるが、本当にそうだろうか。
ついていけない中小企業
足元の賃上げに関するニュースの多くは、春闘に関連したものである。昨年の春闘の結果(前年比ベースでベースアップ2.12%増、定期昇給込みで3.58%増)は過去と比較して非常に堅調なもので、今年も同等以上が見込まれる。
一方で、労働組合の存在しない企業やボーナスなども含む経済全体で見た賃金の伸び率は、春闘の結果ほどは顕著に上昇していない。現金給与総額の前年比は、ならしてみると1〜2%程度である(図1)。この水準は、過去と比較して高めだが際立って高いわけではなく、一般にインフレ率2%の安定達成に必要といわれる賃金上昇率3%にも達していない。
なぜ、このような乖離(かいり)が生じているのか。筆者は、政府の旗振りによるベースアップに経済の実態が追い付いておらず、他の部分で「帳尻合わせ」の動きが生じているためと考えている。例えば、ボーナスを含む「特別に支払われた給与」の2023年12月分の前年比は1.1%増と、プラス圏でこそあったが、ボーナス支給月(6月、12月)の伸び率としては21年12月以来の低水準であった。これは、ベース給料を引き上げる代わりにボーナスの引き上げを抑制する動きが生じていることを示唆する。
また、足元では残業時間などを含む「所定外労働時間」も前年比マイナスとなっている(図2)。これは昨今の時流(働き方改革)を反映したものともいえるが、残業代の削減により労働コストを抑制したい企業の動きを反映している面もあるだろう。さらにいえば、春闘は労働組合の存在する企業の労使交渉であるため、必然的にある程度以上の大企業に限定される。政府の旗振りに呼応しやすい大企業がベースアップを行う一方で、中小企業がそれについていけていない可能性が想定される。
実際、日銀の支店長会議の報告書である「さくらリポート」に記載されている企業の声を見ると、賃上げに積極的な声もある一方で、慎重あるいは昨年対比での鈍化を示唆する声も相当数記載されている。このように見ていくと必ずしも春闘の結果だけを見て、経済全体で賃上げ機運が高まっていると判断できないのではないか。
人手不足でも賃上げならず
賃金に関してしばしば取り上げられるもう一つの論点として、「日本は人口減少社会で人手不足であるため、労働市場の需給の観点から賃金が上昇する」というものである。確かに、企業の人手不足感の指標になる日銀短観・雇用人員判断を見ると、17年前後から人手不足感は顕著であり、コロナ禍でいったん解消したものが足元では再燃している(図3)。
一方で、これは裏を返せば、今までは人手不足感が十分な賃金上昇に直結してこなかったということでもある。この理由としてはシンプルに日本では人手不足を感じた企業が、必ずしも賃金を上げてまで積極的に採用を行うという行動に出づらい面があるだろう。事業規模を縮小…
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週刊エコノミスト
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