賃上げは幻? アンケートに「昨年超えそう」は製造・小売業で1割前後 原田三寛
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世界的なインフレの波が日本にも押し寄せている。実質賃金が21カ月連続で前年同月を下回るなか、政府は産業界に「昨年を上回る水準の賃上げ」を要請した。生活必需品の値上げが相次ぎ、生活の原資となる賃上げが重要なことは論をまたない。だが、東京商工リサーチ(TSR)が収集している企業データやアンケート調査からは懸念も見え隠れする。
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増加する「人手不足倒産」
一つ目は、「人手不足倒産」の増加だ。2023年は158件を数え、調査を開始した13年以降で最多だった。内訳は、「人件費高騰」が59件(構成比37.3%)、「従業員退職」が41件(同25.9%)で、賃上げが収益や資金繰りを圧迫したことが引き金となったケースや、他社の賃上げで「採用負け」するなどした企業の脱落が6割を超えた。
TSRの昨年12月のアンケートでは、欠員率(募集中の従業員数÷現在の従業員数×100)が5%を超える企業は51.4%に達し、人手不足に苦しむ企業は多い。賃上げの拙速な促進は、企業間格差を拡大して人手不足倒産を加速させる恐れがある。賃上げ原資の捻出が難しい企業に「淘汰(とうた)やむなし」の厳しい声もあるが、こうした企業に勤務する従業員や経営者にも家族や生活がある。企業の退場はやむを得ないとしても、そこを生活基盤としていた人々への想像力を欠くことは許されない。
二つ目は、賃上げ余力を残す企業はそもそも多くないことだ。昨年12月のアンケートで、24年の自社の賃上げ見通しについて、「23年を超えそう」と回答した企業は11.6%にとどまった(図1)。低金利や都市部の再開発の恩恵を受け、円安で海外マネーが流れ込む不動産業でさえ17.5%に過ぎない。
従業者の多い製造、小売業でも10%前後にとどまる。24年問題に苦しむ建設、運輸業も同水準だ。さらなる賃上げは、経済・金融政策の恩恵を享受してきた業種が人材確保の面でも「独り勝ち」する未来も想起させる。逼迫(ひっぱく)する雇用状況のなかでは、背伸びした賃上げに踏み切る業種・企業も出てくるが、企業の存続可能性に暗い影を落とす恐れがある。
賃上げに必…
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週刊エコノミスト
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