町山智浩氏が米大統領選を展望する――「フィールド・オブ・ドリームス」から「Civil War」へ
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米大統領選を長年取材している映画評論家でコラムニストの町山智浩さん(61)に、現地の情勢や今後の展望を聞いた。(聞き手=中西拓司・編集部)
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「かわいい帽子だな!」。1月にニューハンプシャー州であった共和党の大統領選予備選。トランプ氏の地元集会を取材したが、たくさんの聴衆とともにトランプ氏と握手を交わすと私の星条旗柄のニット帽を見て彼がこんな声をかけてきた。
集会の会場は地元の人より、他州から来たトランプ氏の「追っかけ」の方が多かった。支持者にも取材したが、その全員が「2020年大統領選はインチキだ」と話していた。現在のトランプ氏の集会はやや「カルト化」した雰囲気だったが、「どぶ板選挙」でのし上がってきたのがトランプ氏だ。
16年大統領選で、トランプ氏が映画「フィールド・オブ・ドリームス」の舞台となったアイオワ州の田舎町ドゥビュークへ選挙運動で来た時に、私も行ってみた。映画のようにトウモロコシ畑しかないようなところだ。集会に参加した住民に話を聞いたところ「こんな町に大統領候補が来るなんて」と大喜びだった。
「どぶ板」の由来は……
ペンシルベニア州の寂れた鉄鉱の町モネッセンでも、トランプ氏が来たと話題になった。地元に大統領候補が来るのは「100年に1回」の出来事だ。彼が住民1人に握手すればその人は10人にその話を自慢するし、10年は語り継がれるだろう。こうした「どぶ板選挙」はオバマ元大統領の草の根選挙からヒントを得たとされる。
オバマ氏は08年大統領予備選に出た時、ヒラリー・クリントン氏に比べると無名だった。しかし、大型集会ばかりのクリントン氏に対し、オバマ氏は町の小さいカフェなどをこまめに回るなどの「どぶ板」に徹し、クリントン氏に勝利した。
大企業や大富豪の寄付を受けるヒラリーに対してオバマ氏は20ドル以下の少額の寄付金を集めて、史上最高レベルの選挙資金を得た。トランプ氏もそうだった。トランプ氏が大統領選にいきなり登場した当時、大口の企業献金は共和党主流派に回る一方で、大企業を攻撃したトランプ氏は小口の寄付金に頼るしかなかったこともある。
そもそも、トランプ氏はオバマ氏をきっかけに大統領選出馬を決断した。オバマ氏の大統領選出馬(08年)について、トランプ氏はテレビで「オバマ氏は米国で生まれていないから大統領の資格がない」と述べた。これは全くのデマだが、アフリカ系大統領の誕生にいらだつ白人有権者を喜ばせた。保守系政治雑誌が実施した共和党予備選候補の模擬投票では、トランプ氏がトップに選ばれた。今思えば、あの差別発言は政界進出への「観測気球」だったとも思う。
16年大統領選予備選では、テレビ討論会で10人以上の共和党議員たちを次々と論破した。負けた議員らはトランプ氏の軍門に降るか、共和党から出て行くかの選択を迫られた。典型的な例は、ブッシュ(子)元大統領の弟ジェブ・ブッシュ氏だ。ブッシュ家はエスタブリッシュメントの党だった共和党の主流派、ロイヤルファミリーだったが、予備選でトランプ氏に敗北し一族は共和党から消えた。さらに21年1月6日、トランプ氏が扇動した暴徒が連邦議会議事堂に乱入し、議会で弾劾決議にかけられた。この時に弾劾に賛成した主流派共和党議員は粛清され、現在、共和党は完全にトランプ氏の独裁政党に変貌した。
民主党は現職のバイデン大統領が再選を狙うが、支持率はトランプ氏を下回る。高齢すぎるので後継者を指名して1期で引退すべきだという声が党内にも多い。それを無視して候補を一本化したことに不満が高まっている。
毎年、予備選はアイオワ州とニューハンプシャー州で始まるが、民主党はこれを実施しなかった。どちらもバイデン氏は過去に勝ったことがないからだ。そこで、ニューハンプシャー州は民主党に逆らって、投票用紙にバイデン氏の名前がないまま予備選を決行。あわてた民主党は投票用紙にバイデンの名前を手書きで書くように呼びかけ、辛うじてバイデン氏が「勝利」した。
しかし民主党内の左派や若年層は、バイデン政権のイスラエル支援に激しく反…
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週刊エコノミスト
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