生産性向上のヒントを「幸せの指標」研究室の実践から探る 荒木涼子・編集部
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長期停滞脱却には、労働環境改善は欠かせない。人々の幸福感や生活の質といった「ウェルビーイング」に焦点を当てた研究の第一人者、馬奈木俊介・九州大学工学研究院教授が自らの研究室で実践していることとは──。
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「明確なビジョンを掲げる。ただしチームに押しつけることなく共有する。そして個人の意思決定の範囲を広げる。組織が幸せに回る鉄則だ」──。“失われた30年”といわれるほど長らく停滞してきた日本社会。仕事に対する満足度が海外に比べて低いことが指摘され、労働環境の改善が求められている。
改善できれば社会の経済成長へもつながるのではないか。ヒントを探るべく、本誌はウェルビーイング(人々の幸福感や生活の質)に焦点を当てた新しい研究を行う九州大学工学研究院の馬奈木俊介教授を訪ねた。冒頭はその答えの一つだ。そしてこう続けた。「ビジョンがしっかりしていると、(組織を構成する人々の)ストレスは減る。ビジョンを一対一で徹底的に共有し、相手(部下)の考えに近いやり方でできるようにしていく。説得ではなく合意。結果も共有し、次の目標設定を話し合う。おのずと個人の満足度が高まりながら、組織としての結果も出るようになる」
馬奈木教授が研究室を立ち上げたのは、博士号を取得し留学先の米国にて大学講師として新テーマを探し始めた2002年夏だ。1990年代ごろにはウェルビーイングという概念が生まれ、経済発展だけでなく実感としての豊かさを測る研究はすでに世界で始まっていた。「研究するなら自分自身で実践しないと」と考え、研究室内のスタッフや学生の幸福度を上げるにはどうするか、「20年間、試行錯誤の連続で作り上げてきた」と振り返る。
研究室立ち上げ当初は、「学生の興味を考えながらも、『こんな課題はどうか?』と、自分本位で押しつけていた」と省みる。部下が2、3人なら自身の考えを共有するだけで組織を動かせても、十数人、数十人と増えていくと、研究内容の管理どころか方向性も乱れ、異論が出てくる。
一対一で繰り返し
そこで行き着いたのが、自分と中核となるスタッフの一対一で密にコミュニケーションを取り、ビジョンを共有しながら、やり方を話し合い、合意しながら進めていく方法だ。今や研究室全体の人数は立ち上げ当初の数人から、60人にまで膨らんだ。そこで、中核スタッフがメンター(助言者)的な存在として、学生や若手研究員と一対一でやり取りしている。
「私自身が一対一でやり取りできるのは物理的に考えても10人まで。組織としてはレイヤー(層)に分け、一対一を大切にしていく。人数が増えればレイヤーを増やしていくだけ。数百人の組織も同じ。もちろん、困ったときは誰でも私に相談できるようにしている」
研究の成果は、基本的には論文だ。論文自体の楽しさという主観以外は、個人の論文数やその論文が採用された雑誌の学術界での評価、論文の被引用件数などを客観的に評価し、次の目標設定の基準にしている。そこで肝心なのが、「過去の自分と比較し、次につなげる」ことという。「他人と比較すると、人は不幸になる。自分と比較…
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週刊エコノミスト
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