教養・歴史 バブル超え 日本の実力
宇沢弘文氏の「社会的共通資本」から見た「豊かさ」へのアプローチ 宮川努
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高度成長期の公害被害の悲惨な経験から、清浄な空気や水など市場で取引されない財やサービスをどのように経済学で考えるか──という中から生まれた宇沢弘文の理論を考えよう。
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2023年のGDP(国内総生産)がドイツに抜かれ、世界第4位となったことを機にGDPと「豊かさ」の関係を問う議論が注目されている。長年日本の長期停滞を観察してきた身からすれば、その停滞を脱する有効な手を打ってこなかった反省もなく、こうした議論へ安易に移行するのは論点ずらしのような気もする。
経済学者の立場から「GDP」と「豊かさ」の指標の違いについて言及させてもらえば、GDPは複雑な経済学の体系の中にきちんと組み込まれているが、多くの「豊かさ」指標は、特定の学問体系と密接なつながりがあるわけではない。GDPが完璧な指標でないことは明らかだが、それでも日々の経済政策や経済援助の判断など政策的対応には不可欠な指標となっている。一方の「豊かさ」指標は、その指標を操作するためにどのような対策をとればよいかという学問的な裏付けが希薄であり、特定の調査時点で「豊かさ」が不足しているとか充足しているとしか言えない。
資本アプローチ
こうした中で、経済学的な背景も持ちながら、GDPより広範な「豊かさ」を表そうとするアプローチが「資本アプローチ」だ。資本アプローチは、もともと持続可能な社会を実現するための条件を提起したアトキンソン・オックスフォード大学教授らの「Pearce and Atkinson」の論文(1993年)から始まったといわれ、その後アロー・スタンフォード大学教授、ダスグプタ・ケンブリッジ大学教授、メーラー・ベイヤー国際環境研究所所長らによって発展させられたアプローチである。このアプローチは単に学問的な世界にとどまらず、実際の計測も行われており、OECD(経済協力開発機構)のウェルビーイング指標やダスグプタ教授の生物多様性に関するリポートでも活用されている。
資本アプローチでは資本を自然資本、人工資本、人的資本に大きく区分し、これ全体を「インクルーシブ・ウェルス(包括的資産)」と呼んでいる。このアプローチにおける持続可能性とは、この包括的資産が将来にわたって減少しないという条件を指している。包括的資産の推計は難しいが、日本では馬奈木俊介・九州大学教授が精力的に取り組んでおられる。
資本アプローチの特徴は市場で取引される財(モノ)・サービスだけでなく、清浄な空気や水など市場で取引されない財・サービスも包含して、それら全体を提供する「資本」にさかのぼって持続可能性を考えようとする点にある。このアプローチは経済学的なロジックに基づいているため、計測や政策面への応用も可能になっている。
しかし、こうしたアプローチよりも早く日本で同様の考え方が提起されていたことを忘れ…
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週刊エコノミスト
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