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週刊エコノミスト Online 学者が斬る・視点争点

資材調達部門もイノベーションを生む 岸本太一

 企業のイノベーション(技術革新)を主導するのは開発や営業の担当者とは限らない。資材調達の担当者が主導する場合もある。

主導者は開発や営業だけではない

 数年前、私が専任教員を務める社会人ビジネススクールの学生から、企業のイノベーション(技術革新)について質問を受けた。

「イノベーションの主導者として講義で取り上げる事例は、R&D(研究・開発)部門や製造部門に所属する技術者や営業やマーケティングの担当者ばかり。現実には資材調達の担当者が主導するケースもあるのではないか」

 私の頭に最初に浮かんだ疑問は「そんなケースが本当にあるのか」というものだった。資材調達といえば、定常的な管理業務というイメージだったからだ(表)。経営学の文献で、「技術プッシュ」「需要プル」「製品アウト」「市場イン」といった言葉は何度も目にしたが、「調達プッシュ」「購買イン」といった類の用語を見聞きしたことはなかった。

 しかし、私に質問した根本佳信さんは資材調達の業務に、その当時で既に20年近く携わっていた実務家だった。そんな経歴の人が主張するのだから、追究してみる価値はあるかもしれないと考えた。その後、根本さんは私のゼミに入った。私が指導者兼共同研究者になる形で、1年間研究してもらうことにした。

 経験豊かな実務家の素朴な質問は、理論の開拓を試みる学者に時として新たな視点を提供する。私の想定やイメージは狭窄(きょうさく)していた。資材調達がイノベーションを主導する事例は実在したのである。

調達主導の革新プロセス

 根本さんが経験した内容を含む複数の事例を共同研究した。そのうち「高機能フィルムを調達資材として使用した製品の事例」を取り上げよう。私と根本さんが2022年、組織学会で発表した研究結果を基に紹介する(図)。

 調達主導のイノベーションは「⓪現調達先との交渉の難航」をきっかけに始まることが多い。学会で発表した事例では、高機能フィルムを購入する企業の調達先に対する値下げ交渉が暗礁に乗り上げたことが契機となった。

 その後、「①現調達先に対する新たな交渉の武器の構想」が始まった。購入企業が調達していたフィルムは特殊な仕様で、製造できるサプライヤーが1社だけだった。これが交渉を難航させた主な原因だった。

 そのため、購入企業は交渉上の“武器”を構築するため、「②代替調達先候補の構想と探索」を始めた。もっとも、現行の資材を全く変えずに新たな調達先を見つけられることは少ない。購入企業は②のステップとして、既存の資材の構造や工程、商流などを分解し、新たな組み合わせの可能性を模索し、構想した。必要な仕様の資材を手掛けるサプライヤーがなく、新たに開発するよう促す必要がある場合も多い。学会発表の事例でも、購入企業は2層を貼り合わせた形で調達していたフィルムを一つ一つの層に分解し、各層ごとにスペック(諸元)に関する選択肢を複数設け、新たな調達先候補を探した。

 資材を変更すれば、それを組み込む自社製品の設計や生産工程なども変える必要がある。つまり、②の構想を現実化するには「③自社技術部門に対する設計変更の説得」をしなければならない。②で選択肢を複数構想したことは、ここでも生きる。学会発表の事例でも、購入企業が複数の選択肢を用意したことで技術部門の抵抗を緩和でき、説得に成功した主な原因の一つとなった。

 ①~③はどちらかといえば現実を変えるための準備活動だった。それに対し、その後の④~⑥は実現に移す活動となる。

 実現に向けて最初に動くのは技術部門だ。まず、試作や評価といった「④自社技術部門による設計変更の受け入れ」…

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