国際・政治学者が斬る・視点争点

令和のたばこ事情㊦加熱式にも健康リスク? 吉岡貴史

 前回は、現代日本でシェアを伸ばしつつある加熱式たばこを紹介した。今回は加熱式が普及した要因と、加熱式が抱える問題を解説する。

税優遇の継続は妥当か “加熱式派”と“紙巻き派”の議員で綱引き続く

 非喫煙者にとって、喫煙者から漂う煙は非常に気になるものだ。臭いだけではない。副流煙には、燃焼で発生する有害物質のニコチンやタールが多く含まれ、健康影響も心配される。その点、煙の代わりに蒸気(エアロゾル)を喫煙する加熱式たばこでは喫煙者の息から煙は出ず、紙巻きたばこの煙に比べてニコチンなどの有害物質の発生が少ないとされる。

 有害物質が少ないということは、たばこ使用による健康リスクを減らせるとの仮説が成り立つ。これをハームリダクション(害の低減)と呼ぶ。これに着目し、たばこ製造販売会社のフィリップ・モリス・インターナショナル(以下PMI)は「煙のない社会」とのキャッチフレーズを掲げ、紙巻きたばこに代わり、加熱式たばこをプロモーションしている。加熱式は、紙巻きに比べて利点ばかりのようだが実際にはどうなのか。

 紙巻きたばこについては、喫煙者だけでなく受動喫煙する人たちの健康影響が長年の研究で明らかになっている。世界保健機関(WHO)は、直接の喫煙で約700万人、受動喫煙では約130万人が亡くなっていると推計しており、たばこの流行を阻止するための六つの提言を発表した(2008年、通称・MPOWER)。世界中でたばこの広告や販促から課税に至るまで規制が強化されており、紙巻きたばこ市場は世界的に縮小している。

 日本も例外ではない。たばこ広告は姿を消し、パッケージには健康被害を訴えるメッセージが大きく掲載されている。税率引き上げで1箱当たり価格は06〜21年で約2倍になった。JTの「メビウス」(1箱20本)でみると、300円から580円への値上げだ。ピーク時で約4兆円あった日本の紙巻きたばこの売り上げは16年ごろから減り、22年度には2.5兆円まで落ち込んだ。たばこ製造販売業者にとっては、紙巻きたばこに代わる主力商品の開発が急務だった。

紙巻きに代わる収益

 そこで登場したのが加熱式たばこだ。前回取り上げたように、16年のテレビ番組をきっかけの一つにして、急速に販売が拡大した。日本たばこ協会によると、20年度公表の加熱式の売り上げは約1兆円で、紙巻きたばこの売り上げ(約2.5兆円)の約4割に迫っていた。22年度の加熱式は1.4兆円で、紙巻きたばこの約6割にまで成長した。

 たばこ税率の低さも加熱式の普及を後押しした。加熱式の税率は商品によって異なるが、小売価格に占める税の割合は18年3月時点で、iQOS(アイコス、PMI日本法人)が42%、Ploom TECH(プルームテック、JT)が13%だ。一方、紙巻きたばこのメビウス(JT)の税割合は56%で、半分以上を税金が占める。

 政府は18年10月、税制改正大綱に基づき、加熱式の増税を18年10月〜22年にかけて段階的に実施すると発表した。最初の増税は紙巻きと同時だったが、紙巻きよりも加熱式の増税幅が抑えられた。1箱当たりの値上げ額は、JTのセブンスター(紙巻き)が40円だったのに対し、加熱式のプルームテックは30円。税制面で優遇された加熱式は、たばこ製造販売業者にとって紙巻きよりも利ざやが大きい稼ぎ頭となった。

 ところが、加熱式たばこを巡る新たな社会問題が浮上した。加熱式の禁煙場所での使用だ。加熱式が発売された当時は喫煙を規制する法律がなく、歩きながらの喫煙や禁煙の飲食店での使用が相次いだ。改正健康増進法(20年4月施行)で禁煙場…

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週刊エコノミスト

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