経済・企業 春闘
世界的なコスト構造の転換期に、賃上げできない企業は生き残れない 山田久
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世界的なコスト構造の局面が変化し、円安への転換、人手不足を背景とするサービス物価の上昇により、インフレの時代が到来した。デフレ時代の縮小均衡経営と決別する時だ。
「コスト削減経営」から「付加価値経営」へ
今年の春闘は、30年ぶりの高率となった昨年を上回る賃上げムードで盛り上がっている。過去最高額の要求を掲げる労働組合が相次ぎ、経団連も昨年に引き続き賃上げが「社会的な責務」としたうえで、かつては慎重であったベースアップに対して前向きな姿勢を示している。
2023年は3.6%と1993年以来の高さを記録した主要企業の春季賃上げ率(厚生労働省調べ)が、今年は4%を大きく上回る勢いだが、焦点は中小企業部門まで含めて日本全体に賃上げが広がっていくかである。それは、物価高に直面する労働者にとっての生活防衛上重要な関心事であるにとどまらない。世界的なコスト構造が歴史的局面変化を迎えるなか、賃上げができるかどうかは全ての企業にとって存亡にかかわる重大問題となり、ひいては日本経済の復活の成否を左右する。
インフレ時代へ
コロナ・パンデミック(世界的大流行)とウクライナ戦争という歴史的な出来事を経て明らかになったのは、世界経済がディスインフレの時代からインフレの時代に再び移行したとみられることだ。振り返れば習近平体制の発足以来、中国は欧米型民主主義とは異なる政治レジーム(体制)を目指す姿勢を鮮明にし、戦後世界秩序への挑戦の意思も隠さないようになった。
一方、米国ではトランプ政権が誕生し、中国を抑え込むスタンスを明確にし、その後のバイデン政権においても対中強硬姿勢は継続されている。さらにロシアがウクライナに侵攻し、世界はベルリンの壁崩壊以降の「一体化」の局面に終止符を打ち、「分断化」の局面への移行を鮮明にした。
経済活動のグローバル化が加速した「一体化」の局面では、中国をはじめとする新興国の安価で豊富な労働力を積極活用し、世界最適生産を通じて経済効率を追求することが企業経営の最優先課題であった。その結果、大幅なコストダウンが図られ、先進諸国ではインフレ率の低下が同時に進行した。
しかし、政治体制の違いが経済活動の大きな壁になる「分断化」の局面では、安全保障が経済活動の前提となり、とりわけ世界の工場・中国の活用に慎重さを要することになって、国際貿易に関わるコストが高まっている。
資源・エネルギーに関するコストも上昇トレンドに転じている。底流には地球環境問題があり、温暖化に伴って頻発する大規模自然災害が断続的に食糧価格を押し上げる状況が生まれている。加えて、再生可能エネルギー中心の電力供給システムの構築には膨大な投資費用を要し、中期的に電力料金を押し上げるファクターになる。
さらに、労働コストにも現場労働者を中心に上昇圧力がかかっている。AI(人工知能)はホワイトカラー業務の多くを代替していくであろうが、フィジカルなプロセスが不可欠な現場労働を根こそぎ代替することは容易ではない。人口伸び率の鈍化は先進国共通の現象で、内向き志向の強まりで国際労働移動が鈍化する兆しもある。加えて、ブルーカラー労働を避ける大卒比率の高まりで、現場労働力の供給不足は構造的な問題になっているのだ。
つまり、ここ数年でインフレ率が一気に高まったのは、パンデミックに伴う一時的な供給制約の影響にとどまらず、世界的なコスト構造の変化という要因が見逃せない。70年代のような高インフレの時代が再来しないまでも、今後の先進国のトレンド的なインフレ率は、コロナ前の2%を下回る局面から2%を上回る局面に移行したとみら…
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週刊エコノミスト
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