経済・企業 物価指標
株高と消費低迷が併存する事情をGDPデフレーターで解く 門間一夫
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相互に矛盾するかに見える現象が、GDPデフレーターという一つの物価指標から整合的に理解できる。
日本でも起きていた“強欲インフレ”現象
欧州で生計費危機とも言われるインフレが起きていたころ、原材料コストを上回る値上げで企業収益は好調だった。国民の苦しみをよそに値上げでもうけた企業への不満を込めて、その状況は「グリードフレーション(強欲インフレ)」と呼ばれた。
似たようなことが最近の日本でも起きていた。それはGDPデフレーターという物価指標でわかる。GDPデフレーターには、輸入コストの転嫁で値上げされた分は含まれず、それを上回る値上げ、いわゆるホームメード・インフレだけが反映される。そのGDPデフレーターが、直近ボトムからの5四半期でプラス5.5%と記録的な上昇になった(図1)。
前述の通り輸入コスト分は含まれないので、この値上げで得られた利益は国内の企業と労働者に分配される。企業の取り分をユニットプロフィット(UP)、労働者の取り分をユニットレーバーコスト(ULC)と言う。衝撃の事実は、5.5%の値上げ分のうち5.3%分が企業の手元に残り、賃金として労働者に還元されたのはわずか0.1%分だったということである(四捨五入のため合計不一致)。企業が悪意で行ったことではないので「強欲」と言うのは少し違うが、結果論として、こんなに値上げできるなら昨年もっと賃金を上げられたはずだ。
以上の事実を踏まえると、株高と消費低迷の同時進行もうなずける。日本企業は改革を進め「稼ぐ力」をつけてきているので、株価のバブル期超えに違和感はない。それでも最近の企業業績は、原材料高や賃上げを上回る値上げで膨らんだ分「値上げ参考記録」とも言える。
一方、企業が賃上げ以上の値上げで収益を増やしたということは、家計は「物価に負ける賃金」しか得られなかったことを意味する。実際、家計全体の労働所得である雇用者報酬を見ると、名目値では増加しているが、物価を調整した実質値では減少が続いている(図2)。また、家計を全体として見ると多額の現預金があるが、今もほとんど金利がつかないので、その資産価値はインフレ分だけまるまる目減りしている。個人消費が3四半期連続のマイナス成長で4年前の水準すら回復できないのも、以上の物価高の影響を考えれば当然と言える。
株価とGDP(国内総生産)の乖離(かいり)は2010年代からの長期トレンドであり、株価好調と消費低迷の併存は今さら驚く話ではない。それでもこの1年について言えば、「強欲インフレ現象」によって両者の明暗が一段と際立つ動きになった。
日銀は「見切り発車」
さて、今年の賃上げ率は連合の第3回集計でプラス5.2%となっている。最終結果がおおむねこの通りなら33年ぶりの上昇率となる。こうした強い賃上げが支援材料となって、日銀も3月に8年にわたったマイナス金利を解除した。
ただし、歴史的な値上げで増えた企業収益が1年遅れで労働者に還元されたと考えれば、今年の大幅な賃上げはできて当然なのである。確かに人口の減少・高齢化による構造的な人手不足が、企業の賃上げ姿勢を根本から変えつつある可能性はある。それでも今年の賃上げには、企業収益と賃金のバランスが昨年いったん大きく崩れ、それを是正する力が働いたという今年ならではの事情もあった。だとすれば、来年以降も今年のような賃上げが…
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週刊エコノミスト
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