がん治療薬の抗体薬物複合体ADC 世界で巨額投資やM&A加速 前田雄樹
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米欧の製薬大手だけでなく、エーザイやアステラス製薬、武田薬品工業でも抗体薬物複合体(ADC)をめぐる投資が活発化している。
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がん治療薬として「抗体薬物複合体」(ADC)が有効性や安全性に優れたモダリティー(治療手段)として注目されている。ADCは特定のたんぱく質に結合する「抗体」と、がん細胞を殺傷する「薬物」(低分子化合物)を、「リンカー」と呼ばれる部品を介してくっつけた医薬品のことを指す。
患者に投与すると、がん細胞の表面に発現した標的たんぱく質に結合し、細胞内に取り込まれた後、リンカーが切れて薬物が放出される仕組みだ。抗体の特異性を利用することで、通常の医薬品としては投与できない毒性が高い(=がん細胞を殺傷する力が強い)薬物を使うことができる。
この分野で世界をリードする企業の一つが第一三共だ。2020年に「HER2」と呼ばれるたんぱく質を標的としたADC「エンハーツ」を発売し、ほかに六つの新薬候補を開発している。このうち、「TROP2」と呼ばれるたんぱく質を標的とする「DS-1062」(乳がんや肺がんが対象)は日米欧中で、「HER3」と呼ばれるたんぱく質を標的とする「U3-1402」(肺がんが対象)は欧米で規制当局に製造販売承認を申請しており、年内にも承認が得られる見通しだ。エンハーツも当初の乳がんに加えて、胃がん、肺がんと対象を広げている。
エンハーツは現在、55以上の国と地域で販売されている。24年3月期の売り上げ収益は3959億円(前期比91%増)に達し、25年3月期は5084億円を見込む。英国の調査会社エバリュエートは、28年に同薬の世界売上高が90億ドル(約1兆4200億円)まで拡大すると予測している。
ファイザー、アッヴィも
エンハーツの好調な販売を背景に同社は今年4月、5カ年の中期経営計画の最終年度にあたる25年度の売り上げ収益目標を2兆1000億円に引き上げた。このうち1兆円以上をがん領域で稼ぐ計画だ。同社は30年のビジョンとして「がん領域でグローバルトップ10」を掲げているが、真鍋淳・会長兼最高経営責任者(CEO)は「成長は予想以上。どの程度(上を)目指せるか考えてみたい」とさらなる躍進に意欲を示す。
ADCの市場は急速に拡大しており、今後も成長が期待されている。開発競争は激しく、欧米の大手製薬企業が巨額の投資を行っている。
米メルクは23年、第一三共と提携し、同社が持つ三つのADCを共同で開発・販売する権利を手に入れた。メルクが支払う対価は最大で220億ドル(約3.3兆円)に上る。英アストラゼネカも19年から20年にかけて、第一三共とエンハーツを含む二つのADCの共同開発・販売で最大計129億ドル(約2兆円)の提携を結んだ。
海外では大型の企業の合併・買収(M&A)も相次ぐ。米ファイザーは23年、有力企業の一つである米シージェンを430億ドル(約6.6兆円)で買収。米アッヴィも24年、ADCを手掛ける米イミュノジェンを101億ドル(約1.5兆円)で買収した。米ギリアド・サイエンシズは…
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週刊エコノミスト
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