国際・政治 循環経済
EUの「サーキュラーエコノミー」は非関税障壁なのか 北山未央
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既存の経済システムからの転換を図る「サーキュラーエコノミー(循環経済)」。産業政策や経済安保で欧州が主導権を握る側面も見逃せない。
全産業を巻き込む環境政策
欧州連合(EU)理事会と欧州議会は3月4日、「包装と包装廃棄物規則」について暫定的な政治合意に至った。この前後で、日本では本規則案が非関税障壁となり、現地でのびんの再利用が難しい日本酒が欧州市場へ輸出できなくなる可能性が国内の複数メディアで報じられた。報道によると日本政府による働きかけの結果、日本酒はワインや蒸留酒と同様に、規制免除となったという。
一方、合意された規則案は欧州で使用される包装材すべてに「リサイクル可能」な素材を用いるように義務付けており、和牛など日本産食品の包装に多く用いられている「多層フィルム」が「リサイクル不可」と定義されれば、欧州向けの食品包装を見直す必要が出てくることも併せて報道された。一連の報道は、欧州の「サーキュラーエコノミー」=ことば=関連の政策動向が、日本企業や産業にも影響することが広く認知されるきっかけとなったのではないか。
「包装と包装廃棄物規則」は、欧州委員会が全産業を対象に進めている「サーキュラーエコノミー政策」の一部だ。EUでは2019年12月、フォンデアライエン委員長率いる新欧州委員会が発足し、19~24年の5年間にわたって取り組む優先課題の一つとして「欧州グリーンディール」を打ち出した。50年にEUからの温室効果ガスの排出を実質ゼロにすると同時に、新たなルール作りによって欧州が世界の主導権を握り、EUの産業競争力、経済安全保障(資源の確保)の強化を達成するためのロードマップである。
これらの目標達成のためには、すべての産業とバリューチェーン(付加価値を生み出す経済活動の連鎖)の変革が必要であるとし、その変革に向けた具体策として、資源を可能な限りEUの経済の内部に引き留めることを目標に据えたサーキュラーエコノミー政策の構想が示された。これを受け、欧州委員会は20年3月、これらの構想をより具体化する「サーキュラーエコノミー行動計画」を発表した。
全包装を「リサイクル可」
この行動計画の発表以後、市場および企業活動に大きな影響を及ぼす規則案が次々と提案され、産業界を巻き込んだ議論が進められている。サーキュラーエコノミー政策は単なる環境政策ではなく、欧州の産業戦略でもあることに注意が必要で、自動車やバッテリーメーカーに影響が及ぶ「バッテリー規則」は先行して昨年夏に発効した。
また、「包装と包装廃棄物規則」「エコデザイン規則」「修理する権利指令」など、その他の主要な規則・指令案も暫定合意のフェーズに至っている。これらは欧州議会選挙前の最後の本会議(4月22~25日)で採択され、今後EU理事会の正式承認を経て発効となる見込みである(図・表)。
このうち、包装と包装廃棄物規則によれば、日本酒や和牛に限らず欧州への輸出品すべてに使用される包装が本規則の要件に従う必要が出てくる。この規則案はすべての包装が使用後に「リサイクル可能」であることを求めるほか、特にプラスチックについては「ポスト・コンシューマープラスチックごみから回収されたリサイクル材」の含有率の下限値を規定するなど、厳しい要件を定めている。
ポスト・コンシューマープラスチックごみとは、一度市場に供給されたプラスチック製品から発生したごみを指し、規則では例えば、遅くとも30年までに使い捨てプラスチック飲料ボトルの材料の30%、食品用など接触に敏感な包装を除く一般的なプラスチック包装の材料の35%をこの「ポスト・コンシューマープラスチックごみから回収されたリサイクル材」で製造する必要がある。
「ごみ」の定義も議論に
実は、このポスト・コンシューマープラスチックごみの定義も議論の焦点となった。22年に欧州委員会が提出した規則案では、欧州域内で発生したプラスチックごみから回収した材料のみがこの要件を満たすことが可能となっていたが、今年3月15日に公開された合意案では、域外の国で発生したプラスチックごみも要件にカウントできるよう定義が修正された。
22年の規則案は欧州委員会が意図したわけではなかったようだが、文字通りに読めば、日本からプラスチック包装を用いた製品を輸出する際は、わざわざ欧州からプラスチック…
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週刊エコノミスト
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