日本の創薬力を生かすには薬価抑制の緩和だけでは不十分 菱山豊
有料記事
新型コロナウイルスのようなパンデミックは、いつやってきてもおかしくない。今から次への備えが必要だ。
>>特集「肥満・がん・認知症」はこちら
世界保健機関(WHO)が、新型コロナウイルス感染症の緊急事態宣言の終了を発表してから1年が経過した。日本は100万人当たりの患者数も死者数も他の先進諸国に比べて少なく、ワクチンや治療薬の開発が間に合わなくても海外よりも制御できた。一方で、日本は国産ワクチンが事実上、不発に終わったことから「ワクチン敗北」などと指摘する声もある。なぜ国産ワクチンが間に合わなかったのか、日本の創薬力の課題を明らかにしたい。
ワクチンや治療薬を新たに生み出す「創薬」は、総合的な科学技術力を備えていることが前提で、日本はそうした条件を備えている数少ない国の一つである。つまり新薬やワクチンの開発には、そのタネを生み出す基礎研究とともに、医療機関での治験、高品質の薬品を大量に作る高度な製造技術と、それらを安定的に運ぶ輸送・流通技術、そして安全性や有効性を評価する「規制科学」──などといった複雑で、重層的なハードルを乗り越える必要がある。
日本のコロナワクチンの開発に関しては、こうしたハードルを乗り越える体力や共通認識が四つのセクター(政府、製薬企業、大学などの研究機関、国民)で十分に備わっていなかった。こうした総括は、筆者が所長を務めていた文部科学省科学技術・学術政策研究所が2021年に報告書としてまとめた。製薬企業にとって、ワクチン開発は抗がん剤などと比べて市場規模が小さく、平時での収益が見込めないため魅力的な事業ではなかった面もある。
ワクチンならではの難しさもある。筆者が報告書のとりまとめの際、関係者にインタビューしたところ、開発して販売しても研究開発投資を回収できるか不透明なことも、企業がワクチン開発事業に積極的に参入しない理由だとする意見もあった。日本のワクチン価格は欧米に比べて安く、国が定める定期接種の対象になるかどうかで収益の安定性が左右されるからだ。また、日本ではワクチンによる健康被害の訴訟で国が敗訴した過去もあり、日本企業にとって国産の開発より海外製を導入する方が事業リスクは低い、との指摘もあった。
次のパンデミック(世界的大流行)はいつやってきてもおかしくない。自国でワクチンを開発できなければ、今回と同様、海外産のワクチンを買うしかないが、それは安全保障上の懸念もある。09年の新型インフルエンザを巡る厚生労働省の報告書(10年)には、ワクチン開発の重要性が指摘されていたにもかかわらず、その教訓は生かされなかった。政府も国民も、今回のパンデミックを忘れることなく、次に備えるべきだ。
世界の中で存在感低下
世界の医薬品市場での日本の存在感が下落している問題もある。医薬品データなどを扱う米IQVIA(アイキューヴィア)の報告書によると、世界の医薬品市場(新型コロナの医薬品やワクチンの売り上げを除く)は28年に最大2兆2550億ドル(約340兆円)となり、24~28年の年平均成長率は6~9%になると予想する。
このうち、北米は最大1兆800億ドル(約165兆円、24~28年の年平均成長率6~9%)、西欧は同4100億ドル(約63兆円、同4~7%)などと高い伸びを示すのに対し、日本は同1040億ドル(約16兆円、同マイナス2~プラス1%)で、調査対象のうち唯一、マイナス成長の可能性があると指摘している。日本は28年時点で米国、中国に次ぐ世界3位の医薬品市場を維持すると見込むものの、4位のドイツに肉薄される水準となる見通しだ。
日本…
残り1279文字(全文2779文字)
週刊エコノミスト
週刊エコノミストオンラインは、月額制の有料会員向けサービスです。
有料会員になると、続きをお読みいただけます。
・1989年からの誌面掲載記事検索
・デジタル紙面で直近2カ月分のバックナンバーが読める