国際・政治 円弱

経常収支の“変質”が発する警告 日本は“途上国”化しているのか 浜條元保・編集部

一時1ドル=154円台を付けた円相場(2024年4月29日、共同通信)
一時1ドル=154円台を付けた円相場(2024年4月29日、共同通信)

 この国のカタチを物語る「経済統計」を丹念に読み解く。そこには、日本の長年の問題や課題、そしてそれらの解決につながる処方箋が詰まっている。

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「国際収支の悪化は日本経済そのものを映し出している。これが円のファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)を悪化させ、円安をもたらしていると理解すべきだ」

 ふくおかフィナンシャルグループの佐々木融チーフ・ストラテジストは、対外的な取引を体系的に記録した統計である国際収支の現状を直視したうえで、抜本的な構造改革の必要性を訴える(図1)。1990年代から大きく中身を変える国際収支が発するメッセージは、足元の円安にとどまらず、「モノ(財)で稼げなくなった日本」「途上国化する日本」への警告だ。

1ドル=160円

 その一つの表れが2022年以降の円安だ。4月末の連休を襲った円の乱高下から整理しよう。起点は4月26日に開催された日銀金融政策決定会合後の記者会見。

「基調的な物価上昇率に、ここまでの円安が大きな影響を与えているということはない」。年初の1ドル=140円から155円台まで進む円安に歯止めをかける対策や発言が期待される中、植田和男総裁はこう言い切った。「ゼロ回答」に会見中から円安は進み、会合前の1ドル=155円台半ばからジリジリと下げ始めた。そして祝日4月29日、外国為替市場で一時1ドル=160円に急落。その直後、154円台まで急騰する乱高下を見せた(図2)。

 その後も円は153~157円と不安定な動きが続く。市場では円が急騰した4月29日と5月2日に総額9兆円規模の円買い介入が実施されたと見られている。

 ドル・円レートを決める短期的な要因は日米の金利差だ。インフレ退治に向けて22年3月から急激な利上げを始めた米国の政策金利は5.25~5.50%。一方の日本は3月に長短金利操作(YCC)を停止し、マイナス金利を解除したものの、ゼロ金利と金融緩和を継続中。この日米の金利差が円安・ドル高を引き起こしているが、もう少し長い視点に立てば国際収支、ひときわ海外とのモノやサービス、配当・利子の受け渡しなど経済取引全般の状況を示す経常収支がより重要になる。経常収支の劇的な変化が構造的な円安要因、日本経済の実力や産業競争力の低下を如実に物語っている。

 23年の経常収支は21.3兆円の黒字だった。1981年以来、赤字になったことはない。だが、90年代とはその中身は大きく変化している。安い原材料を海外から輸入し、高付加価値の品目を輸出する加工貿易立国から海外に工場を建設したり、企業をM&A(企業の合併・買収)して稼ぐ投資立国へと様変わりしているのだ。

 90年代までは経常黒字の大半は貿易黒字だった。ところが、2010年までに対外直接投資や証券投資から上がる第1次所得収支黒字と貿易収支の黒字が均衡、11年以降は第1次所得収支の黒字が中心になっている(図3)。

 この背景には、08年のリーマン・ショック以降の急激な円高に対応するための企業の海外進出に加えて、11年3月に発生した東日本大震災の影響が大きい。東北地方を中心に国内の生産設備が破壊され輸出が急減。加えて、東京電力福島第1原発の事故を受け、国内原発が停止したためエネルギー輸入が急増した結果、11年は3300億円の貿易赤字となった。

 さらに原油価格の上昇もあり、翌12年以降は貿易赤字が拡大。一時は、貿易赤字を第1次所得収支の黒字でカバーしきれず経常赤字に転落するという予想もあったほどだ。年間を通じて経常赤字にこそならなかったが、14年の経常黒字は3.9兆円まで縮小…

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