胸躍る太古のDNA 少しずつ再現可能性広がる 評者・池内了
『化石に眠るDNA 絶滅動物は復活するか』
著者 更科功(武蔵野美術大学教授)
中公新書 1100円
恐竜やマンモスなど、古代DNAの研究を通じて、今は絶滅してしまった動物を復活させる試みは、大ヒットした映画「ジュラシック・パーク」を思い出すまでもなく、夢をかきたてられ胸が躍る。果たして、残された化石からDNAを抽出し、それから古代に生きた生命体をよみがえらせることができるのだろうか?
本書は、この疑問に対する、古代DNAの研究者からの丁寧かつ真摯(しんし)な回答である。端的に言えば、現在の技術レベルでは恐竜やマンモスの復活は不可能で、その理由が詳しく述べられている。しかし、過去3万年以後に絶滅したネアンデルタール人や1883年に絶滅した、上半身がシマウマで下半身がウマのクアッガという生物は、塩基配列を決定してその進化系列がたどれるようになった。新しい技術が開発され、古代DNAが解明できる年代が少しずつ広がっているのである。恐竜からネアンデルタール人まで、研究がどんな段階にあるかを追ってみよう。
6600万年前に絶滅した恐竜の場合、あまりに古すぎてDNAを得る手掛かりがなかったのだが、面白いアイデアが提案された。恐竜の血を吸った蚊が、その直後に木から染み出した樹脂に閉じ込められ、琥珀(こはく)となってそのまま化石として残されたという可能性である。これは「ジュラシック・パーク」の原作者マイケル・クライトンのオリジナルでなく、既に提案されていたアイデアである。問題は琥珀の中で細胞が保存され、そこに古代DNAが残っているかどうかで、残念ながら現在はDNAの断片すら得られていない。
マンモスとなると、シベリアの永久凍土に閉じ込められていて保存状態がよく、無傷の細胞を得ることができる可能性がある。その場合、クローン羊を作ったのと同じ方法でクローンマンモスを作ることができる。しかし、そのような良好な遺体は見つかっていない。とはいえ、マンモスのゲノム(全遺伝子情報)はほぼ解読されており、それを遺伝子編集技術によって近縁のゾウに植え込み、マンモスに似た生物を作出できる可能性は完全にゼロではない。
成功したのは、マンモスとほぼ同時期に絶滅したネアンデルタール人のDNA解析を通じて、ホモサピエンスと交雑したか、という疑問に明快な解答を得た事例だ。研究者スヴァンテ・ペーボには2022年のノーベル生理学・医学賞が授与された。
絶滅時期によって、古代DNAの再現が大きく異なることがわかる。このような少しずつだが可能性を広げる研究こそ胸躍るではないか。
(池内了・総合研究大学院大学名誉教授)
さらしな・いさお 1961年生まれ。東京大学教養学部基礎科学科卒業後、民間企業勤務を経て、東京大学大学院理学系研究科博士課程を修了。理学博士。専門は分子古生物学。著書『化石の分子生物学』で第29回講談社科学出版賞受賞。
週刊エコノミスト2024年6月11・18日合併号掲載
『化石に眠るDNA 絶滅動物は復活するか』 評者・池内了