転換期を迎えた国際通貨システム 緩やかに沈むドル基軸体制 平山賢一
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2022年年2月、ロシアによるウクライナ侵攻が始まり、米ドルの対円相場は上昇の歩みを進めている。この間、対円相場は、米ドルだけでなく、ユーロなどの主要通貨も堅調に推移。さらに金融緩和姿勢が続く中国の人民元までも、強含んでいる(図1)。われわれが直面する円安・外貨高は、日本国内の物価上昇圧力となり、多くの人々の生活を圧迫しているため、憂慮の声がそこかしこから聞こえてくる。特に24年に入ってからは、無国籍通貨とされる金価格の上昇も顕著になっており、この点からも目が離せない。
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以下では、この表面化している動きに対して、水面下で進む国際経済の枠組みの変化について考えていきたい。上下する為替相場の裏側で、米ドルを主軸とする国際通貨システムの揺らぎが見え隠れしているからである。確かにこれまでも、そのような懸念が指摘されてきたが、米ドル一極体制は崩れてこなかった。貿易決済通貨としての米ドルの地位は依然として高く、欧米先進国を主軸にした国際決済網であるSWIFT(国際銀行間通信協会)体制も盤石といえる。
しかし、近年の中国による米ドル債保有比率の減少や金保有残高の増加に見られるように、徐々に一極体制に揺らぎが見え始めているのも事実である。また、ニクソン・ショック以降、為替レートは変動するものの、貿易などの決済通貨としての米ドルの地位は確固たるものがあったが、米金融指標の特性が徐々に変化している。これは、米国金融の主軸である米ドルも段階的に変質していることを意味している。具体的には、図2に示す1997年、08年、20年を節目として、米ドルを支える金融環境が変化しているのである。
米金融システムの変質
第一に、ニクソン・ショック後に低下基調で推移してきた米マネーストック(M2の対GDP比率)は、97年の45.8%をボトムに拡大に転じた。これは、97年のアジア通貨危機による資本逃避発生による流動性の枯渇や、98年のロシア財政危機に端を発する米ヘッジファンドLTCM破綻による米銀による救済融資のタイミングと符合している。米連邦準備制度理事会(FRB)による金融緩和も実施され、危機に際しての市場介入が繰り返された。その後、米ドルの枯渇が国際金融危機に発展するのを回避するために、米マネーストックは拡大基調に転じ、コロナ危機ではさらに急上昇し、同比率は21年に86.9%まで上昇している。
第二に、流通通貨と中央銀行の準備預金(当座預金)を合計したマネタリーベースは、08年のグローバル金融危機以降、急増している。いわゆる量的緩和(QE)により、FRBは財務省証券やMBS(住宅ローン担保証券)を大量に購入し、市場に資金供給したのである。主に準備預金が急増したことで、マネタリーベース(対GDP比率)は、20年にはコロナ危機以降に25.7%まで上昇したのである。
第三に、銀行の預金(対GDP比率)と貸し出し(同)はおおむね連動するはずだが、グローバル金融危機が発生した08年以降、この乖離(かいり)はワニの口のように開き始めている。08年から20年にかけて、預金(同)は、46.9%から70.4%まで急上昇しているものの、貸し出し(同)は45.4%から49.1%までの上昇にとどまっているのである。ワニの口の上顎(あご)である預金(同)を無理やりつまみ上げて(23.5%の上昇)、下顎に相当する貸し出し(同)を支えている(3.7%の上昇)ようにも見える。
この差を埋めているのは、商業銀行の準備預金を含む現金や債券であり、貸し出しの増加を伴わない米ドルの資金…
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週刊エコノミスト
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