経済・企業 宇宙ビジネス新時代

米スペースXの牙城にベゾス氏挑戦 古参ボーイングも 岩田太郎

ブルーオリジンのロケット「ニューシェパード」と、創業者ジェフ・ベゾス氏 ブルーオリジン提供
ブルーオリジンのロケット「ニューシェパード」と、創業者ジェフ・ベゾス氏 ブルーオリジン提供

 世界の宇宙産業の先頭に立つ米国。民間ベンチャーの「スペースX」が優位を誇ってきたが、ライバルの出現で流動的になってきた。

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 20世紀に米連邦政府が「国家プロジェクト」として発展させた宇宙事業を、技術革新と大幅なコスト削減で身近な「ビジネス」へ転換させた米国の民間企業。中でも、世界一の大富豪イーロン・マスク氏率いる「スペースX」が圧倒的な信頼性と価格破壊を武器にリードを保っているが、マスク氏と「長者番付」の首位を争う、アマゾン・コム創業者のジェフ・ベゾス氏設立の「ブルーオリジン」が急速に追い上げている。さらに、古参の軍需大手「ボーイング」も開発を加速させており、米国の宇宙開発競争はスペースX、ブルーオリジン、ボーイングによる三つどもえの様相を呈してきた。

衛星事業が収益源

 とはいえ、スペースXの優位性はまだまだ盤石だ。同社は非上場のため財務情報を開示していないが、米市場調査企業「サクラ」の推計によると、2023年1~12月期の同社の売上高は約87億ドル(約1兆4000億円)で、前年比89%も伸びたとしている。米ITニュースサイトのテッククランチが入手した同社の内部文書によると、同年の営業利益は約30億ドル(約4800億円)に達した。また、米投資サイトのバロンズが6月末に報じたスペースXの時価総額は2100億ドル(約33兆8000億円)に上る。他社の追い上げの中で好調な業績を収めている。

 その利益の源泉となっているのが衛星インターネット通信サービス「スターリンク」だ。家庭用をはじめ、各種のビジネスプランが用意されている。23年の売り上げは41億ドル(約6600億円、前年比121%増)で売り上げ全体の半分近くを占める。スターリンクは6月現在、低軌道に打ち上げた6219基もの通信衛星で地球全体をカバーしている。ロシアによる侵攻後はウクライナに無償提供されており、国家間の戦争に民間の通信インフラが活用される時代になった。

 5月現在の顧客数は99カ国で300万人を突破し、最終的には4万2000基にまで増やした衛星ネットワークによって、インターネットにアクセスできない地域をゼロにする壮大な計画だ。

 このスターリンクの衛星大量打ち上げを可能にしているのが、スペースXが自社開発したご自慢の商業打ち上げロケット「ファルコン9」だ。10年に打ち上げに初成功した。

 これまでのロケットは「使い捨て」だったが、ファルコン9は1段目のエンジンを逆噴射して洋上や陸上へ着陸させて回収・再利用ができる。衛星だけでなく宇宙船や補給船の打ち上げにも活用し、高い頻度で運用することで大幅なコストダウンを実現した。

 さらに同じエンジンを大量生産するスケールメリットを生かすとともに、技術にもコストカットの工夫をこらした。ファルコンロケットの燃料タンクにおける製造工程では、接合のゆがみが少なく欠陥が発生しにくい「摩擦撹拌(かくはん)接合」を採用している。仕上がりの確認が超音波で簡単にでき、製造コストを低く抑えられるのも強みとなっている。

ロケットの「価格破壊」

 スペースXが打ち上げ事業に参入する以前の米打ち上げ市場は、軍需大手のロッキード・マーチンとボーイングの合弁企業であるユナイテッド・ローンチ・アライアンス(ULA)の独壇場だったが、現在では米航空宇宙局(NASA)が民間に委託する打ち上げのおよそ3分の2を、スペースXが手掛けるまでになっている。

 NASAによると、スペースシャトル時代のロケット打ち上げの平均コストは1回当たり4億5000万ドル(約725億円)。これに対し、ファルコン9は同約6000万ドル(約97億円)と8分の1程度に下がった。ファルコン9の発展型で、超大型重量貨物打ち上げに使われる「ファルコンヘビー」なら同1億2500万ドル(約201億円)──と打ち上げコストの価格破壊を巻き起こした。宇宙船の「スターシップ」を打ち上げる「スーパーヘビーブースター」など、スペースXのロケットは安価だ。

 米議会での予算承認に苦労するNASAや、宇宙開発に参加する企業にとって、目的と用途に応じ多様なニーズに応えられる低価格のスペースXロケットは、利用価値が高いといえそうだ。

 加えてスペースXでは、ファルコン9ロケットの約70%の部品を内製化する垂直統合型の経営で収益性を高めていることが特筆される。ULAが部品製造を1200社以上の下請けに依存しているのとは対照的だ。

 ちなみに、ファルコン9によるスペースXの商業打ち上げ事業の売り上げは23年に8億…

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週刊エコノミスト

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