“トカイナカ暮らし”の勧め 増やすべきは老後資金より教養 森永卓郎
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大都市の暮らしを維持しようとすることが悲劇をもたらす。ステージ4のがんを公表した筆者が渾身(こんしん)のメッセージを読者に捧げる。
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「老後資金として2000万円必要か」とか「4000万円必要か」といった議論は意味がないと思う。老後は生活費そのものがライフスタイルによって大きく異なってくるからだ。
老後の一番大きな選択はどこで暮らすのかだ。確かに大都市の都心部にはおしゃれなレストランや洗練された劇場や美術館など、魅力ある施設があふれている。しかし、それらを楽しむにはお金が必要だ。生活を続ける上でも家賃は高いし、物価も高い。老後も大都市での暮らしを続けようと思ったら、莫大(ばくだい)な費用負担が避けられない。
その費用をまかなうにはやりたくもない仕事を続けないといけないし、無理をして老後資金を増やそうとする。それが悲劇をもたらす。実は、著名人の名前をかたったSNS(交流サイト)型投資詐欺で、最も多く名前を使われたのは私だ。私の名前をかたったものだけで、被害総額は10億円を超えている。多くの被害者は老後資金を大きく増やそうとして、結果的に老後資金はおろか家さえも失っている。
そうした詐欺に遭わなくても、「貯蓄から投資」の掛け声に踊らされて老後資金の運用に出ている人は、近い将来、似たような境遇に陥るだろう。今、世界経済は人類史上最大のバブルの真っただ中だ。1929年のニューヨーク株はその後10分の1に暴落した。89年末の日経平均株価はその後5分の1以下に下落した。今後、為替レートが1ドル=110円程度の購買力平価に修正されていくことを考えると、NISA(少額投資非課税制度)口座で運用している米国資産を中心とした投資信託の価値は10分の1以下に暴落する可能性がある。というより、私は数年以内にそうなると考えている。老後生活のビジョンが根底から破綻するのだ。
畑30坪と太陽光パネル
私は子育てから解放される人生の終盤は都会を捨てるべきだと思う。そうすれば生活コストが劇的に下がるからだ。
住宅情報サイトによると、東京都文京区の住宅地価相場は1坪(約3.3平方メートル)当たり約500万円。東京都心から電車で1時間半かかる埼玉県の我が家の近辺は約50万円、もう少し足を延ばして東京から2時間の埼玉県ときがわ町では約5万円だ。地価ほどではないが、物価も安くなる。
私は新型コロナウイルスの感染拡大を機に、活動の軸足を「トカイナカ」の我が家に移して、社会実験をしてきた。トカイナカとは「都会と田舎の中間地」という意味の造語だ。東京都心から40~60キロの位置を環状に結ぶ首都圏中央連絡自動車道(圏央道)の沿線がおおむね該当する。私の結論は30坪の畑で野菜を作り、太陽光パネルで電力をまかなえば、2人家族の生活費は月10万円もあれば十分ということだ。嫌な仕事をし続ける必要はなく、年金だけで十分暮らしていける。
問題は老後の生きがいをどう確保するのかだ。絶対的に必要なのは「教養」だと私は考えている。
例えば、休日にテーマパークに出かければ、誰でも満喫できる。楽しめるように作られているのだから当然のことだ。しかし、1日楽しもうと思ったら、1人1万円以上のコストがかかる。
一方、大自然の中で休日を過ごして楽しいかどうかは、その人の教養レベルに大きく依存する。雲の名前、鳥の名前、虫の名前、植物の名前を知っているかどうか。どこに湧き水があるのか、どこで魚釣りができるのか、どこに秘湯があるのか。それを知らなければ楽しくない。
教養レベルは老後の「仕事…
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週刊エコノミスト
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