⑨(最終回)政教が必ずしも分離していない一神教世界 福富満久
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精神的なよりどころだけでなく、神話と実際の民族の物語が融合していたり、宗教と現世の関係は必ずしも明確でもない。
>>連載〈神の「家系図」で読み解く世界三大一神教〉はこちら
これまで8回にわたって一神教について論じてきたが、ユダヤ教=ヤーウェ、キリスト教=キリスト、イスラム教=アラー、いずれの教えにも共通するものがある。それは、世俗社会での規律と権力との融合にかかわるものである。日本での私たちを取り巻く世界は極めて世俗的で、宗教が政治に作用しているとは一般的に認識されていない。ところが、一神教の世界では必ずしも政教は分離していない。
イスラム教徒にとって宗教は、精神的なよりどころだけでなく、衣食住にかかわる個人の生活全般、また婚姻や相続、訴訟に関する決まり事までを含んだ家族、社会、国家に至るあらゆるレベルで現世における人間の営みを規定する。
ユダヤ教に至っては、神話と実際の民族の物語が融合しているため、さらに問題が複雑化する。選民思想も結局は神に選ばれた民族なのに、その教えを守らなかったために土地を失い、「流浪の民」となった反省にその思想の立脚点がある。実際の彼らの現実の政治的な問題は神との約束とつながるために、パレスチナにその先祖代々の土地を譲ることは全く現実的ではない。
最も世俗的な社会に住むと考えられる多くのキリスト教国でさえ、宗教と現世の関係は必ずしも明確ではない。
例えば、世俗的な政治の場の頂点ともいえるアメリカ大統領の就任式では、歴代大統領は右手を掲げつつ左手を聖書に置き、「神に誓って(So help me God)」と宣誓するのが慣例となっている。一般市民でさえ、裁判所で証人として発言する際は必ず宣誓が行われる。人間が取り決めた法を前にして神に誓うのはおかしいと感じるが、この世界を創造したのは唯一絶対的存在によるものだとする一神教の世界観では、神との約束や誓いは、来世での永遠の平穏を求める人間にとって不可分な営みになる。一神教では太古から現代までその点においては変わらない原則なのである。
イスラエルの未来
イスラエル国家は今、神との約束をかけてガザに侵攻している。異教徒を駆逐し、大イスラエル主義を実践することが神に祝福される道だからだ。シオニズム(ユダヤ民族国家建設運動)右派のリクード(団結)政権はイスラエル占領地の強硬なユダヤ人の入植政策を積極的に推し進めてきた。現実として、もはやパレスチナという存在を無視しているが、この国にはパレスチナに対して取り得る政策は三つしかない。
①(これまで通り)アパルトヘイト(人種隔離・差別制度)国家を続ける、②2国共存を模索する、③大イスラエル主義を実行する──である。大イスラエル主義とは、ガザのみならずパレスチナをユダヤ人の土地にしてパレスチナ人を駆逐する、というものだ。
この国の最大野党のイェシュアティド(未来がある)の内規を見ると、イスラエルとパレスチナの2国共存による平和の実現を目指すとは表向き示してはいるものの、大規模入植地の安全の確保を表明しており、入植政策を維持する姿勢である。パレスチナ人が多く…
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