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低コスパの医薬品を保険適用からはずせない日本 稲井英一郎
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静岡県内の20万人超を対象にしたビッグデータ解析。薬の価格とその効果が比例しているのか、課題が浮かんだ。
20万人の4年にわたるデータで分かった「安い薬でも結果に差なし」
今年8月、医薬品の費用対効果に関する論文が著名な科学雑誌に掲載された。医学などの研究結果をインターネットで公開するオープンアクセスジャーナル、「PLOS ONE」に論文を載せたのは、静岡社会健康医学大学院大学の中谷英仁准教授(現在は名古屋市立大学准教授)らのグループだ。
中谷氏は、静岡県の国民健康保険(国保)と後期高齢者医療制度に加入する約265万人の患者のビッグデータ(2012~21年)から、糖尿病薬を処方された患者20万9354人を対象に医療報酬の明細であるレセプトデータを抜き出し、代表的な2種類の糖尿病薬について年齢・重症度・検査値などをそろえてサンプリングした上で、それぞれ最初に投与された二つの患者グループの4年間の治療経過を調べた。
医療費大幅削減も可能
レセプトからは、日々の診療内容がある程度分かるが、診断名や検査結果の臨床データが乏しいなど、それだけでは統計解析するのに難点がある。そこで中谷氏は、生活習慣病患者の電子カルテデータ解析で実績をもつアライドメディカル社に協力を求め、薬の「費用対効果」を共同で研究した。その結果、脳心血管や腎不全など重い疾患(エンドポイント)の発生率は2グループの間で有意な差がなく、薬による違いが認められなかったが、2種類の薬剤費は大きく異なっていたことが分かった。
2種類の薬のうち「DPP-4阻害薬(DPP4i)」という比較的新しい薬は血糖値を一定に保つ作用があるが、1日当たり費用は平均123.6円。一方、60年以上前から使われてきた「ビグアナイド」という安い薬も同じ作用があるが、費用は2分の1の平均60.5円で差額は63.1円だった。これほど薬剤費が違っても、処方された患者に起こるエンドポイントに差がなかったという実証研究は日本では珍しく、県単位の解析は初めてだろう。
糖尿病には、どんな薬が最初に使われるのか。厚生労働省の補助を受けて行われた東京大学の山内敏正教授らの調査によると、初回からビグアナイドや同じく実績がある安価な治療薬であるSU薬などの薬が処方される割合(17年度)は約20%で、残りの80%はDPP4iか、より高価なSGLT2阻害薬(SGLT2i)などが処方されていた(図1)。SGLT2iは尿から糖を排出させる作用を持ち、ここ数年で急速に使われ始めた薬で、費用もDPP4iより3~5割高い。
糖尿病治療では、初回に処方した薬で効果がない場合、医師は別の薬を患者に追加併用するので、実際の薬剤費はさらに高くなりがちだ。こうした実態を加味すると、投薬患者の8割以上で高い薬が使われていると考えてよい。
治療結果に差がないなら最初から安い薬を選ぶ方が合理的な診断となる。静岡の場合、投薬患者の8割を少し超える18万人はビグアナイドより高い薬を処方されていたと推測できるので、もし患者の半数が最初からビグアナイドのような安い薬を処方されていれば、1日当たり薬剤費は少なくとも570万円、年間で約21億円減る。これを日本の人口全体に置き換えると、半数が安い薬を初回から処方されれば、少なく見ても980億円、実際には数千億円の糖尿病薬剤費が減ると考えられ…
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週刊エコノミスト
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