⑳咀嚼運動が脳内の血液循環を促す 林裕之
有料記事
食べ物を体内に送り込むだけではなく、脳内の血液循環を促して脳を活性化させる働きがある。
>>連載〈歯科技工士だから知っている「本当の歯」の話〉はこちら
私たちは生活していくことを「食べていく」と言います。家族や子どもを養うことを「食べさせる」と言います。食べることは生きることに他なりません。おいしいものや好きなもので、おなかを満たせば幸せな気分に浸れます。
その一方で肥満や生活習慣病など健康を損なうことのないように食べ物の質や栄養バランスなどには気を使います。健康食品やサプリメントも売れています。このように口に入れるものには気を使いますが、口の動かし方(咀嚼(そしゃく))はさほど気にかけません。
普段は無意識に行っていますが、咀嚼とは食べ物を歯で細かく砕きながら唾液と混ぜ飲み込むまでの動作です。歯、顎(あご)、咀嚼筋、唇、頬、舌が連携して行う一連の動きで咀嚼運動とも言います。
咀嚼と脳
咀嚼運動には食べ物を体内に送り込むだけではないいくつもの働きがあります。
脳内の血液循環を促して脳を活性化させる働きもそのひとつです。脳の重量は体重の2.5%(約1.3~1.5キログラム)ほどですが、1日に消費するカロリーは成人の平均的基礎代謝量(1500キロカロリー)の20~30%(300~450キロカロリー)を占めています。主な栄養はグルコース(ブドウ糖)で、酸素とともに血流で運ばれます。その血流量は1分間に約800ミリリットルです。1分間の心拍出量が約4.5リットルなので20%弱が脳に流れます。
常に新鮮な血液を大量に必要とする脳ですが、噛(か)む動作(咀嚼)には脳内の血液循環を促す働きがあるのです。下顎を動かす咀嚼筋の一種の翼突筋は左右の頬の内側にあり、この周りに多くの静脈が集まった叢(そう)(翼突筋静脈叢)があります。下顎が動くことでポンプの役割となり、脳で使用された血液はここを経て心臓に送られます。
脳へ血液を送る作用は歯を支える歯根膜にあります。歯は骨に直接付いているわけではなく、歯根膜というクッションのような組織で支えられています。咀嚼でものを噛んだ圧力で僅かに沈んだ歯根膜が血管を圧縮し、脳内へ血液を送ります。その量は一度の咀嚼で約3.5ミリリットル(ティースプーンの半分)と言われています。僅かな量ですが、何度も噛むことで脳内への血流が促されます。古い血液は翼突筋静脈叢…
残り780文字(全文1780文字)
週刊エコノミスト
週刊エコノミストオンラインは、月額制の有料会員向けサービスです。
有料会員になると、続きをお読みいただけます。
・1989年からの誌面掲載記事検索
・デジタル紙面で直近2カ月分のバックナンバーが読める