社会のピンチを補完する共同体メカニズム 信頼・利他・互恵・徳が生むチャンス 大垣昌夫
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ピンチをチャンスに変える──。それには「共同体メカニズム」をいかに活用できるかが問われている。
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世界の多くの国々で少子高齢化が進み、社会保障費や医療費の膨張による政府支出の増加と、高齢者依存比率(65歳以上の高齢者の人口の、15歳から64歳までの労働年齢人口に対する比率)の高まりによる政府財政の危機が迫っている。また地震、津波、大雨などの大災害や環境問題による危機が大きな問題となっている。
このような危機の時代に、さまざまな分野で「共同体メカニズム」を活用していくことで、個人も企業も政府もピンチをチャンスに変える可能性を考えてみたい。
共同体メカニズムとは、家族や地域などでの協力を基礎とした「少なくとも1人が自発的に協力を申し出て拒否されない仕組み」である。経済では他に、需要と供給を基礎とした価格の合意による「市場メカニズム」と、合意なしに強制できる「権力メカニズム」という二つの仕組みがある。
協力関係を促進
例えば高齢化が進むと認知症を発症したり、そこまでいかなくとも正常な高齢化により認知能力が衰えたりして、独力では市場メカニズムを有効に使えない高齢者が増えていく。日本では強制的に保険料を徴収できる権力メカニズムを活用した介護保険制度があり、労働市場での市場メカニズムも活用して介護サービスが提供されている。しかし認知症を発症した高齢者は虐待を受けても独力では通報を含めて対応が難しく、介護施設での虐待が起こる場合がある。
今後、権力メカニズムと市場メカニズムだけでこのような問題を解決していくことは難しいが、共同体メカニズムをこれらのメカニズムと補完的に活用していくことができる。多くの介護施設で、介護者が高齢者に共感を持って一人ひとりを大切にする介護サービスを提供したり、高齢者同士の協力関係を促進したりすることで共同体メカニズムを活用している。
例として筆者は芦屋大学臨床教育学部の安藝雅美准教授と、子どもの個性や才能を尊重して教育で大きな成果をあげてきたモンテッソーリの方法を、認知症患者のケアに応用する実践をしている介護施設の事例研究を進めている。モンテッソーリケアプログラムは、三つの視点(アクティビティー、役割、サイン)を特徴としている。認知症患者の個性や才能を重視して料理のできる高齢者は料理をしたり、アートの才能のある高齢者が多くの作品を作ったりできるようなアクティビティーを行うなど、ケアという協力が提供され、受け入れられている。
危機の時代に必要性が増していく共同体メカニズムの活用をさらに促進していくために、政府や企業や非営利団体などの組織や個人は他のメカニズムと組み合わせることなどでさまざまな工夫をすることができる。早稲田大学のスズキトモ教授らの研究によると、インドの全ての大企業はCSR(企業の社会的責任)費用を損益計算書上「1行開示」しなければならないという企業法が2013年に導入され、経営者がよりCSRを重視するようになる意識の変化やCSR費用の増加の効果があった。
この制度で強制されているのは1行のディスクロージャーのみであるのだが、国際機関投資家やメディアのCSR費用への注目によって企業行動が変化する「One Additional Line(1行)革命」が起こった。この例では会計制度を用いて、企業がCS…
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週刊エコノミスト
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