インタビュー「集合知は共感から AIには無理」野中郁次郎・一橋大学名誉教授
有料記事
人間の行動から企業経営に至るまで、重要性が叫ばれている「共感」とはどのようなものなのか。一橋大学の野中郁次郎名誉教授に聞いた。(構成=安藤大介・編集部)
野中郁次郎(のなか・いくじろう) 1935年生まれ。58年早稲田大学政治経済学部卒業。富士電機製造勤務を経て、72年カリフォルニア大学経営大学院バークレー校でPh.D(経営学博士)取得。一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授などを経て現職。近著に『二項動態経営 共通善に向かう集合知創造』(日経BP、共著)など。
>>特集「経済学の現在地」はこちら
──「共感」や「利他」の重要性が注目されている。
■私は、暗黙知(言葉や文章で表現することが難しい主観的な知)が全ての知識の源泉であること、そして組織的・社会的な集合知創造のプロセスの起点は直接経験における暗黙知の創発、共有であることを長年、唱えてきた。
では、その暗黙知をいかに豊かにし、他者との相互作用を通じて創発し、共有するか。全身全霊で相手になりきるほど共感して初めて、異なる主観を持つ者同士が暗黙知を共有できるのだ。
ただし、共感しただけでは新たな意味や価値は生まれない。異なる主観や思いを持つ者同士が、共感を媒介に忖度(そんたく)や妥協を超えて、本音の対話を徹底的に行うことを通じて、初めて「こうとしか言えない」という本質に共に到達できる。「知的コンバット」と呼ぶ「全人的な対話」を通じて、新たな意味や価値を集合的に作り出せるのであり、その原点は共感にある。
──「共感」について記したアダム・スミスの著書『道徳感情論』が取り上げられる機会も増えている。
■新型コロナウイルス禍直前の2019年、アダム・スミスの旧宅で「新啓蒙(けいもう)会議」が開かれ、私も参加した。会議では、資本主義における道徳論の重要性、株主価値最大化の否定、顧客第一主義、従業員の復権などについて議論された。
資本主義の父とされるスミスは、『道徳感情論』で「自己を他者の理解するところに導く感情」(シンパシー)が資本主義経済の基盤となることを主張した。この書は『国富論』の17年も前に書かれているが、彼は調和ある社会の根幹に、個人の自己利益の追求だけではなく、シンパシーを据えた。また、人間が社会に共有された行動規範を順守することが徳のある社会の実現につながると唱えている。
資本主義社会の中核に、シンパシーや徳を置いていたというスミスの原点に戻ることを先述の「新啓蒙会議」は意図していたのだ。
スミスのシンパシーは「同感」と訳される。同感では、相手を対象化しており、やはり分析が先に来る。第三者の視点を自分の中で意識しながら、同意したり反対したりするためだ。
一方、我々がイノベーションの原点としているエンパシー、つまり共感に分析はない。最近の脳科学の研究で、ヒトは目と目が合った瞬間、無意識にシンクロナイズ(同期)する神経細胞ミラーニューロンが働くことが分かっている。これこそがエンパシーだ。
知識創造のプロセスは、共感=エンパシーがあり、その上で同感=シンパシーし、それが対話に発展し、新しい概念をつくり、実践をしていくというものだ。最初に共感ありきなのが重要な点だ。
あらゆる知の総動員
── AI(人工知能)などテクノロジーは急速に進化している。そうした現代で、なぜ逆の概念にも感じられる「共感」が重要視されているの…
残り1883文字(全文3283文字)
週刊エコノミスト
週刊エコノミストオンラインは、月額制の有料会員向けサービスです。
有料会員になると、続きをお読みいただけます。
・1989年からの誌面掲載記事検索
・デジタル紙面で直近2カ月分のバックナンバーが読める