外交も視界不良の石破政権 日米韓の連携も崩壊の縁に 及川正也
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石破茂首相の政権運営は、内政に加えて外交も視界不良に陥っている。
トランプ次期大統領との面会を希望した米国訪問は頓挫し、1月の韓国訪問も尹錫悦(ユンソンニョル)大統領の「非常戒厳」騒動で延期に。代わって東南アジアのマレーシアとインドネシアを訪問するが、外交戦略は早くも立て直しを迫られた。
「1週間で世の中はがらっと変わる。韓国がこうなるとは誰も思わなかった」。12月10日、来日したオースティン米国防長官の表敬を受けた石破首相はこう述べた。
最大野党「共に民主党」は少数与党に転じた尹政権に対して徹底攻撃する姿勢を強めたため、反転攻勢に向けて強権発動に踏み切ったが、失敗に終わった。
就任から2カ月間で石破首相は尹大統領とすでに2回会談している。1回目は10月のラオスでの東南アジア諸国連合(ASEAN)首脳会議、2回目は11月のペルーでのアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会談の際だ。政府関係者は「いい関係が築けただけに痛手だ」という。
つまずきの発端は、韓国政変に先立つ訪米計画だ。9月の総裁選勝利後、首相は11月の米大統領選でトランプ氏が勝利した場合に備え会談の可能性を探った。
ペルーに続くブラジルでの主要20カ国・地域首脳会議(G20サミット)を終えた後に立ち寄る案が模索され、「当初はいい感触だった」が、直前で見送られた。
「1月の就任まで外国要人には会わない」というのが建前だったが、その後、トランプ氏はカナダやフランスなど各国首脳と次々に会談している。
一部では、「日本との関係強化は優先的な課題となっていないからだろう」「親しかった安倍晋三首相の政敵だったとして敬遠されたのでは」などの臆測が出回った。
「日本のドゴールか」
本当の理由は不明だが、石破首相が米国から警戒されたのは、間違いないだろう。物議を醸したのが、米有力シンクタンク・ハドソン研究所への寄稿だった。
「日本の外交政策の将来」のタイトルで24年秋に公表され、この中で、日米安保条約について「『非対称双務条約』を改める時は熟した」と改定を提唱している。
具体的には、①地位協定を改定し、米領グアムに自衛隊を駐留させる、②「アジア版NATO(北大西洋条約機構)」を創設し、米国の核共有を検討する──などだ。
米国の対日政策に踏み込む内容であり、米紙『ウォール・ストリート・ジャーナル』は「米国との間に緊張関係が生じる可能性がある」と指摘していた。
外務省関係者によれば、この後、米政府などから「『日本のドゴール』のつもりなのか」などの声が漏れ伝わってきたという。
東西冷戦期、「フランスの栄光」を掲げて国民に支持された仏大統領ドゴール将軍は、米国と一線を画し、独自の外交路線(「ドゴール外交」)を進めた。
代表的なのが、核武装と米国主導のNATO軍事部門からの離脱だ。米国主導の核の秩序や同盟システムに反発し、「米国と同等の立場」に固執した。
ベトナム戦争を本格化させた米国をけん制するため、いち早く中国を承認した。一方、欧州では西ドイツと友好条約を締結し、敵視政策を終わらせた。
「米国との対等」を求める石破首相には…
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週刊エコノミスト
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