子育ての質を高める保育制度の力 森啓明
有料記事
親が働いていなくても保育所などに通える「こども誰でも通園制度」が2026年4月に始まる。
求職者への支援が効果的
「こども誰でも通園制度」は生後6カ月から満3歳までの子どもが保護者の就労状況や利用目的に関係なく、保育所や認定こども園などの保育施設を一定時間、利用できるようにする国の制度だ(保育所は保育園の法令上の名称)。こども家庭庁が所管する。
筆者が国の2022年データを基に計算したところ、保育施設を利用していない1歳児は53%、2歳児は35%に上った(図)。新制度によって、保育サービスの利用が広がり、子どもや保護者への支援が拡充すると期待される。
脳が言語など特定の刺激に敏感になる時期を「敏感期」という。敏感期の多くは幼少期に現れるため、幼少期に適切な環境が整っていることは、子どもの健全な発達には不可欠である。この時期に「逆境的小児期体験」と呼ばれる虐待などの有害な経験をすると、その悪影響は成人期にまで及ぶ可能性がある。こうした経験を防ぐために、子育て支援策が果たす役割は大きい。
米シカゴ大学のジェームズ・ヘックマン教授(労働経済学)の研究によれば、子どもの発達を促す上で効果的な子育て支援策には重要な共通点がある。それは、保護者の育児の質を向上させ、親子関係を改善することである。施設型保育であれ家庭訪問型支援であれ、専門家が単に育児を代行するのではなく、保護者自身の育児能力を高めることが子どもの発達には不可欠だという。本稿では、子育て環境を整える保育制度の特性に着目し、特に保育所の利用が育児の質に与える影響について、データサイエンスの手法を用いて実証した研究の事例を紹介する。
保育所改革と児童虐待
保育所利用の効果を推定するためには、児童が保育所に通った場合と通わなかった場合を比較する必要がある。このため、多くの研究は、政策変更により保育施設が急増した際の地域差を活用した分析をする。具体的には、保育サービスが偶然に急拡大した地域の世帯と、そうでない地域の世帯を比較し、保護者の育児の質や虐待頻度の変化を観察することで、保育所の利用が子育て環境に与える効果を推定する。
独ハノーバー大学のシュテファン・トムセン教授(労働経済学)らの研究によれば、旧西ドイツ地域で00年代後半に1~2歳児向けの保育所の整備が進んだことで、深刻な児童虐待事例の発生件数は減少した。同地域では当時…
残り1704文字(全文2704文字)
週刊エコノミスト
週刊エコノミストオンラインは、月額制の有料会員向けサービスです。
有料会員になると、続きをお読みいただけます。
・1989年からの誌面掲載記事検索
・デジタル紙面で直近2カ月分のバックナンバーが読める