経済・企業 起業ブームに火を付けろ!

核融合からどぶろく製造まで 多彩な国・自治体のスタートアップ支援 種市房子

京都フュージョニアリングの発電試験プラント「UNITY-1」(同社提供)
京都フュージョニアリングの発電試験プラント「UNITY-1」(同社提供)

 今や、産業振興の一大テーマとなったスタートアップ。国と地方自治体はどのような支援を行っているのかを紹介する。

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 軽い原子同士を融合させ、エネルギーを得る「核融合」。太陽で起きている現象であることから、「地上の太陽」と呼ばれる。この技術を開発している京都大学発のスタートアップ「京都フュージョニアリング」は、三菱UFJ銀行や三菱商事などから出資を受けている。今日、大手企業から熱視線を受ける同社だが、その成長過程でカギとなったのは、国のスタートアップ支援だった。

 同社は、2021年に特許庁から特許戦略で支援を受けた。特許庁は、創業間もないスタートアップを対象に、知的財産(IP)戦略の立案を助言・支援する仕組みを持っていた(現在は独立行政法人工業所有権情報・研修館に移行)。特許庁所属の知財やビジネスなどの専門家チームが入り、5カ月間、2週間に1回程度の頻度で知財戦略のポイントを助言して、同社メンバーと議論を交わした。

 特許を申請すれば当該技術は一定期間守られるものの、技術の詳細が明らかになってしまう。ブラックボックス化したい技術はあえて特許申請しないという戦略も選択肢だ。同社は「特許を取得するべき要素、秘匿するべき要素を議論し、知財の守り方に関する知識を習得できました」と成果を語る。

 同社では、特許出願者が、自分の担当製品・技術に注力するあまり、会社全体のビジネスへの関連を見逃しがちだったという。しかし、特許庁の支援でビジネスモデルを整理して、技術とひもづけした結果、各技術者が全体像を意識した研究・開発を行えるようになったという。

 同社関係者は、実証実験の助成や、広報支援や国内外のイベント出展のサポートを受けられる「Jスタートアップ」に選出されたことや、日本貿易振興機構(JETRO)による海外拠点展開時の支援も、成長の原動力であったと振り返る。

27年度に投資10兆円 

 石破政権は、岸田政権に引き続き、スタートアップ支援を重要政策に掲げる。源流は、22年に岸田政権が発表した「スタートアップ育成5カ年計画」だ。当時のスタートアップへの投資額(年間8000億円規模)を、27年度に10兆円規模にするという目標を掲げる。そのために、人材・ネットワークの構築▽資金供給の強化と出口戦略の多様化▽オープンイノベーションの推進、の3本柱を据えて、税財政や法令改正で推進する。

 たとえば、準備・創業期に当たる「プレシード・シード」については、「スタートアップ創出促進保証」を創設した。創業にはまず資金が必要だが、市中金融機関に融資を申し込むと、商慣習上、不動産などの物的担保や、個人保証が求められる。同制度は、信用保証協会の保証料率に0.2%上乗せすることで、物的担保も個人保証も不要にできる。融資を受けたスタートアップが返済できない場合に、信用保証協会が代わって弁済するが、政府は保証協会の損失の一部を財政支援するスキームだ。保証限度額は3500万円。制度を開始した23年3月からの1年4カ月の保証承諾は約2300件に上った。 

 資金の出し手にもインセンティブを与える「エンジェル税制」も設けた。「設立5年未満の中小企業」といった一定の要件を満たすスタートアップに投資した場合、投資額分をその年の総所得、または株式譲渡益から差し引ける。数年後に投資分に見合う株式を売却して利益が出た場合は、その時点で課税される。成功できるのかが不透明な段階では投資額に税制優遇を施し、事業が成功し利益が出たら税金を徴収する仕組みだ。

OISTの成功例

 公的な支援の下、大学発のスタートアップを量産しているのは、沖縄科学技術大学院大学(OIST(オイスト))だ。12年に沖縄振興の一環として開学した、理工学分野の5年一貫制博士課程の大学院大学だ。国内外の研究者を招いて、高度な研究を行い、沖縄の技術振興と産業革新を図る。22年には兼任教授を務めるスバンテ・ペーボ氏がノーベル生理学・医学賞を受賞したことでも話題となった。これまでにスタートアップ26社を生み出した。

沖縄科学技術大学院大学(OIST)は外部のベンチャーキャピタルとも連携(OIST提供)
沖縄科学技術大学院大学(OIST)は外部のベンチャーキャピタルとも連携(OIST提供)

 OISTではスタートアップ支援のメニューをそろえる。世界中の応募者から選ばれた起業家が、約10カ月間OISTに滞在し、学内の設備や人材を活用して沖縄での企業設立や事業開始につなげる。研究資材や、展示会・会議参加のための旅費など、最大1000万円の事業費支援がある。外部講師による起業講座や、起業家や投資家、各産業界の専門家やビジネスパーソンがメンターを務める相談体制も充実している。これまでに、更年期専門のオンライン・婦人科診療外来サービスを展開する「ハーライフラボ」などのスタートアップが生まれた。

 政府がこの成功体験を基に進めるのが、東京都目黒区・渋谷区にまたがる敷地で進む「グローバル・スタートアップ・キャンパス構想」だ。国内外の研究者を呼び込み、28年度以降の創設を目指す。22年に内閣官房に担当部署が設けられ、直後には補正予算で調査費などが盛り込まれた。現在は有識者会議開催など地道な準備作業を続ける。

小粒・地方発起業にも

 スタートアップといえば、都市部・大規模・ハイテクの3要素を想起しがちだが、その逆を行く、総務省の財政支援事業「ローカル10000プロジェクト」が好調だ。ローカルビジネスの立ち上げに最大で5000万円を支援するプログラムで、10年代に交付金を活用した事業として普及した。24年度は5カ月で申請が当初予算枠を埋めてしまったため、一時募集を停止。補正予算で、新たな申請に対応するために21億円が計上された。

 支援の条件は、事業モデルが地域資源を活用していること、社会課題の解決に資することだ。加えて、地域金融機関の融資や地域活性化ファンドの出資、クラウドファンディングの併用も求めている。事業を共に支援する地域金融機関には、原則として無担保融資を求める。

 信金や地銀などの地域金融機関は、無担保で融資するとあって、事業性を慎重に審査し、事業開始後の相談などにも熱心に応じるようになる仕組みだ。

 このプログラムで事業化したのは431のビジネス。うち、5年が経過した事業に限れば、継続率は96%に上る。17年の中小企業白書によると、起業5年経過時点の企業の生存率は約82%。プログラムでの事業継続性の高さがうかがえる。

 同プログラムでは、初期投資は数百万円単位という事例も珍しくない上、必ずしも先端のテクノロジーを使っていない。たとえば、長野県佐久市では工場跡地をリフォームし、エネルギー源から原材料まで全てを自然素材で賄う「どぶろく」製造事業が立ち上がった。行政からの交付金、地域金融機関融資とも433万円だった。このほかに承認された中には、空き家を活用した料理店や民宿、グランピング施設、産品のブランド化などの事例もある。総務省地域政策課は「社会課題は地域に転がっている。その解決をビジネスにつなげていく役割を果たせれば」としている。

倒産件数は過去2番目

 帝国データバンクによると、24年度上半期(4~9月)の倒産件数は、物価上昇が影響し4990件と、上半期としては13年度以来の高水準だった。うち、業歴10年未満の「新興」は1534件で、上半期の件数としては09年度以来2番目の高さだ。起業ブームの裏側で一定数の企業が退出しているのが現実だ。こうした厳しい現状にあっても、無名でもスモールスタートで挑戦できる、あるいは倒産しても再挑戦できるという制度こそ、官に求められる支援だろう。

 第1次地方創生、1億総活躍、脱炭素──。国・地方はこれまでも、ブームの事案に税財政支援を講じてきたが、効果が疑問視されたり、下火になったりした政策もある。「スタートアップ支援」をうたった個々の政策が真の産業振興策となっているのかについては、長期的な監視が必要だ。

(種市房子〈たねいち・ふさこ〉ライター)


週刊エコノミスト2025年1月14・21日合併号掲載

スタートアップ支援の今 特許・広報支援、財政措置 核融合の有力新興も恩恵=種市房子

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