国際・政治 中国動乱前夜

深夜の学生20万人サイクリングに“動乱”の兆しを見る中国当局の事情 安藤大介・編集部

習近平政権は「白紙運動」の再来を恐れている。写真は香港の街角での白紙運動(ZUMA/共同)
習近平政権は「白紙運動」の再来を恐れている。写真は香港の街角での白紙運動(ZUMA/共同)

 中国の大学生らが2024年、自転車で大挙して移動する様子がSNSなどで注目を集めた。約20万人を超える参加者が、片側6車線の道路を埋め尽くしたという深夜の集団サイクリングだ。

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 きっかけは、6月に河南省鄭州市の女子大学生4人が、シェアサイクルを使って約50キロ離れた開封市の名物であるスープ入り小籠包(ショウロンポウ)を食べに行ったことだった。SNSに投稿されると話題となり、まねする人が相次いだ。

 地元当局も当初は好意的に受け止めていたが、自転車の“洪水”へと規模が拡大すると一転、取り締まりを強化。シェアサイクルの運営会社を通じて、鄭州市から出た自転車を自動的にロックする強硬手段を取った。鄭州、開封両市の境には動かなくなった自転車の山ができ、集団サイクリングは沈静化に向かった。

「中国政府は組織的に何かが広がるような動きを恐れている。彼らが最近一番驚いた動きだったのではないか」。中国社会に詳しい興梠一郎・神田外語大学教授が指摘する。

 若者が自然発生的に集まる動きは、22年の新型コロナウイルス禍で「白紙運動」として広がった。新疆ウイグル自治区ウルムチで起き、10人が死亡した住宅火災は「ゼロコロナ」政策による都市封鎖で消火活動が遅れたことへの怒りを招き、抗議のデモ活動が自然発生的に起きた。若者らは白紙を掲げて抗議し、中には習近平国家主席の退陣を求める声も。中国政府がゼロコロナ政策を急にやめた背景には、白紙運動の影響があったとみられている。

 今回の集団行動も「単に楽しむだけの行動だった」との見方は限定的だ。米CNNは「景気が減速する中で、就職への不安や未来から逃れるひと時とする学生もいる」として、就職に悩む参加学生の声を紹介した。中国都市部の青年失業率は20%を超える。苦境の中で、鬱屈した思いが若者を深夜のサイクリングにかき立てたとの見方は少なくない。

統計データにも疑問符

 社会の閉塞(へいそく)感が強まる中、共産党の一党独裁と習近平政権の強権政治を正当化してきた経済成長も怪しくなってきた。中国政府は24年通年の成長率目標を「5%前後」としているが、同年7~9月期の国内総生産(GDP)は、物価変動の影響を除いた実質で前年同期比4.6%増にとどまった。

 低迷の主因は、これまで経済成長を支えてきた不動産市場の長引く停滞だ。開発過剰や需要不足、不動産デベロッパーの経営問題は深刻化している。

「不動産は上昇するもの」。こうした前提で家計を考え、資産を形成し、ローンを組んできた中国国民にとって、価格下落は消費者マインドに冷や水を浴びる形となった。消費意欲は戻らず、深刻な需要不足につながっている。

 不動産価格の下落は、不動産収入に大きく依存してきた地方政府も直撃した。地方債務は膨張し、公共サービスの提供やインフラ整備にも支障が生じている。

 中国経済の政府発表を巡り、最近注目を集めているのは、中国当局が発表してきた経済成長率の公式発表が、そもそも実態を誇張しているのではとの疑いだ。以前から中国の統計発表について「実勢より良すぎる」と疑問視する声は少なくなかった。だが、中国の著名なエコノミストがこうした内容を認める発言をしたため、騒ぎとなっている。

「公式の数値が5%に近いとしても、実際は過去2~3年で平均2%程度になるのではないか」。米ブルームバーグは、これまで中国の規制当局にも助言をしてきたSDIC証券のチーフエコノミスト、高善文氏の発言を伝えた。12月に米経済研究所がワシントンDCで開いた催しで、中国の公式データが誇張した数字である可能性を指摘したという。

 前出の興梠教授は「高氏は有名な体制側の人で、中国内部のことをよく分かっている。経済の実態が相当悪いことを示している」と語る。高氏の発言通りに受け止めると、そもそもの中国経済についての前提は大きく崩れる。そして、これは中国の「内憂」の厳しさを示す証拠となる。

関係改善模索の動き

 さらに今、中国を身構えさせているのは、トランプ米次期政権の存在だ。第1次政権時にも保護主義策を展開したトランプ氏は、次期政権で最大60%の関税引き上げを行うと公言し、就任前から圧力を強める。

 人事でも対中強硬姿勢を隠さない。商務長官に指名した実業家のハワード・ラトニック氏は、関税引き上げを支持し、製造業の国内回帰を訴えている。国務長官指名を表明したマルコ・ルビオ上院議員ら、外交面でも強硬派がそろう。

 一方の中国は、トランプ第1次政権が発足した17年と比べると、経済の落ち込みが顕著だ。消費がしぼみ、内需が縮小した分を外需に頼ろうと、輸出拡大を目指していたところに、関税引き上げでブレーキをかけられるのは痛い。さらに、国内では社会不安が高まり、凶悪犯罪も頻発する中で、米国と衝突したくないというのが本音だ。

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 米中関係に詳しい柯隆・東京財団政策研究所主席研究員は「北京(中国政府)は戦々恐々としているはずだ。指導者である習主席も強く出られず、トランプ政権との関係をどう改善するか模索している」と指摘する。

 関係改善を探る動きの一つと柯氏が見るのが、24年11月に米国家安全保障会議が「中国で拘束された米国人3人が解放された」と発表したことだ。米国で拘束されていた中国人受刑者3人との交換で米中政府が合意した。

 柯氏は「これはトランプ次期政権に対するある種のメッセージだ。『柔軟にやる用意がある』ということだ」と解説する。

日中首脳会談前の記念撮影。石破茂首相(左)と握手した習近平主席はほほ笑んでいた(共同通信)
日中首脳会談前の記念撮影。石破茂首相(左)と握手した習近平主席はほほ笑んでいた(共同通信)

 さらに、柯氏は習主席の最近の様子から、対日関係の変化への期待を感じ取る。ペルーの首都リマで24年11月に開かれたアジア太平洋経済協力会議(APEC)で日中首脳会談に臨んだが、会談前に石破茂首相と握手する時に笑顔を見せた。「人に頭を下げるのが苦手な習主席がほほ笑むのは、彼にとっては屈辱だろう。あの笑顔は、石破首相に向けたものではなく、『中国に安心して投資してほしい』と日本の財界に呼びかけるものだった」と分析する。

「内憂外患」の課題が山積する中国は、どのようにこの危機を乗り越えるのか、それとも深みに沈むのか。先行きが注目されている。

(安藤大介〈あんどう・だいすけ〉編集部)


週刊エコノミスト2025年1月14・21日合併号掲載

中国・動乱前夜 学生20万人が深夜サイクリング 指導部が警戒する「動乱」の兆し=安藤大介

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中国・動乱前夜16 学生20万人が深夜サイクリング 指導部が警戒する「動乱」の兆し■安藤大介19 インタビュー 柯隆 東京財団政策研究所主席研究員 米中対立は激化必至 習政権に解見つからず20 経済成長 GDP押し下げるトランプ関税 長引く不動産不況に追い打ち ■三浦 祐介22 消費不振長期化 不動 [目次を見る]

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