忘却と流れる時間=池谷裕二
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覚えたことをいつまでも忘れない抜群の記憶力。そんな能力を手にしたら状況が変化したときに以前の記憶が邪魔をして新しい環境への順応ができなくなる──。そんなデータが1月の米科学誌『サイエンス』で発表された。欧州神経科学研究所のディーン博士らによるネズミを使った研究だ。
記憶はシナプスの重みの空間に蓄えられる。つまり、特定の神経細胞が強く結びつくことが記憶だ。その結合が徐々に弱まると、記憶があせていき、いずれ思い出せなくなる。これが忘却の実体である。
忘却はシナプスの経年劣化ではなく、神経伝達物質のアンテナ分子(受容体)がシナプスから排除される積極的な現象で、正常な生理機能として脳回路に備わっている。ディーン博士らは受容体が排除される分子メカニズムを突き止め、そこに必要な遺伝子を取り除いた。シナプス弱化が生じないネズミの誕生だ。予想通り、このネズミは忘却しなかった。
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週刊エコノミスト
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