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未病・予防ビジネス 「33兆円市場」に続々参入 認知症やメタボで事業創出=前田雄樹

    武田薬品工業は、神奈川県藤沢市に未病ビジネスのコンソーシアムを設立(同社ホームページより)
    武田薬品工業は、神奈川県藤沢市に未病ビジネスのコンソーシアムを設立(同社ホームページより)

     製薬企業が、データやIT(情報技術)を活用し、病気にならないように予防に力を入れるいわゆる「未病ビジネス」に続々と参入している。

     1997年に「アリセプト」を発売し、世界で初めて認知症治療薬を実用化したエーザイ。今も認知症の根本原因にアプローチする次世代治療薬の開発を続ける同社は今年3月、長年の研究開発で蓄積したデータや知見をもとに、認知症の予測・予防サービスの事業化に乗り出す方針を明らかにした。

    「今や認知症は発症後の治療だけでは語れない。これからは『予知』と『予防』の時代になっていく」。エーザイの内藤晴夫・代表執行役CEO(最高経営責任者)は、その狙いをこう説明する。

     認知症の大半を占めるアルツハイマー病は長い時間をかけて徐々に進行する疾患で、症状が出る前の「プレクリニカル」、軽いもの忘れがみられる「軽度認知障害」を経て発症する。現在の治療は発症後が中心だが、より早い段階で介入できれば、発症を遅らせ、治療や介護にかかる経済的な負担も減らせる可能性がある。

    「患者のライフタイムを見た場合、未病の段階で手当てしたほうが絶対にいいし、費用の削減にもつながる。未病まで対象範囲を広げたほうが、患者や社会に対する貢献は大きい」と内藤氏は言う。

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    (出所)各社のプレスリリースなどを基に筆者作成
    (出所)各社のプレスリリースなどを基に筆者作成

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    認知症予測のAI

     エーザイは現在、認知症の予測・予防サービスの核となる二つのAI(人工知能)の開発を進めている。一つは「歩行」「発話」「描画」の三つの簡単なテストで認知機能を評価するAIだ。「◯◯さんは特に物事を順序立てて行うことが難しくなるかもしれません」といった具合で評価結果を示すとともに、「買い物」「電話」「運転」など生活シーンごとに注意点やアドバイスを提示する。もう一つは、脳のMRI(磁気共鳴画像化装置)の画像から2年後の認知機能の低下を予測するAI。いずれも数年以内の実用化を目指し、社内データを使って精度の向上を図っている。

     エーザイはこれらのAIをもとに、フィットネスジムと組んで認知症予防の運動プログラムを開発したり、保険会社と共同で先制医療プログラムを提供したり、といった新たなビジネスの創出を狙う。高齢ドライバーによる事故が社会問題化する自動車産業や、高齢者雇用を進める小売業界などからも引き合いがあるといい、異業種との協業を積極的に進める考えだ。

    湘南に企業連携拠点

     製薬業界では今、未病や予防に焦点を当てたビジネスを模索する動きが活発化している。国内最大手の武田薬品工業は2018年、神奈川県藤沢市の湘南研究所を開放した企業連携拠点「湘南ヘルスイノベーションパーク」(通称・湘南アイパーク)に、未病領域での新ビジネス創出を目指す民間企業のコンソーシアム「湘南会議」を設立。日本生命やRIZAPなど8社が参加した第1期の活動では、メタボの中年男性をターゲットに、健康状態が改善したらアイドルやスポーツチームの限定特典を受けられるなどのインセンティブ付き健康増進型保険商品を開発することで合意した。

     アステラス製薬は20年度までの中期経営計画で「Rx+プログラム」(Rxは処方薬の意)を戦略の一つに掲げ、医療用医薬品の枠を超えた新たなヘルスケアビジネスの創出を目指している。18年にはバンダイナムコエンターテインメントと共同で、生活習慣病予備軍の人らの運動を支援するアプリの開発に着手。今年8月には、ゲーミフィケーション(ゲームの要素を他分野に応用する手法)を活用したデジタルヘルスケアソリューションの実用化に向け、横浜市立大、東京芸術大と提携を結んだ。

     田辺三菱製薬も、ヘルスケアベンチャーのハビタスケアと糖尿病ケアアプリを共同開発し、19年度から実証実験を開始。後発医薬品大手の東和薬品は18年、システム開発大手のTISと合弁会社を設立し、未病に対するITソリューションの開発を目指している。

     製薬企業を未病や予防の分野へと突き動かしているのは、本業である医薬品ビジネスの先行きに対する危機感だ。

     医療費の膨張に歯止めをかけようと、政府は近年、薬価(医薬品の公定価格)に対する締め付けを強めている。政府が昨年公表した試算によると、日本の医療費は40年度に68・5兆円と18年度に比べて75%増える見込み。高齢化と医療の高度化が公的医療保険財政を圧迫しており、高額な薬剤の大幅な値下げや、特許切れまで新薬の薬価を維持する「新薬創出加算」の縮小、後発薬の使用促進など、ありとあらゆる手を使って薬剤費を抑制しようとしている。

     米調査会社IQVIAによると、日本の医療用医薬品市場は17年、18年と2年連続で前年を下回った。同社は向こう5年間の日本市場の成長率を年平均マイナス3~0%と予測しており、見通しは暗い。

    公的保険の制約受けず

     一方、未病や予防の分野は公的医療保険の対象外で、保険財政の制約を受けることもない。エーザイの内藤CEOは認知症の予測・予防サービスについて「第一は患者や社会に対する貢献」としながらも、「保険財政は緊縮以外なく、その中だけでは安定した成長はない」と話す。公的医療保険制度の中で安定的な成長を遂げてきた製薬企業だが、その枠にとどまり続けることがリスクとなりつつある。

     人生100年時代の到来が叫ばれる中、医療や介護にかからず自立した生活ができる「健康寿命」の延伸は社会的な課題だ。厚生労働省の16年の調査によると、平均寿命と健康寿命の間には男性で8・84年、女性で12・34年の差がある。国も健康寿命の延伸を重要政策に掲げており、製薬企業もビジネスチャンスと捉えている。

     経済産業省の推計によると、公的保険外のヘルスケア産業の市場規模は25年に約33兆円(16年比8兆円増)まで拡大するとされる。事業領域の拡大に向け、未病や予防の分野に参入する製薬企業は増えるだろう。

     課題となるのは収益性だ。公的保険という確実なペイヤーがいない未病・予防領域では、「誰が金を出すのか」という問題がつきまとう。エーザイはプラットフォーマーとなることで収益化を目指し、田辺三菱は糖尿病ケアアプリを健保組合などが行う保健事業で使ってもらうことを想定しているが、全体としてはまだ手探りの段階だ。薬による治療という枠から飛び出し、未病や予防を新たな成長の柱に育てられるか。収益モデルが問われる。

    (前田雄樹・AnswersNews編集長)

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