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ルポ 「マンションがほしい」 編集部員が見た価格高騰の異常 決断できない私が悪い?

新築のパンフレットは、ページをめくるたび心が舞い上がる
新築のパンフレットは、ページをめくるたび心が舞い上がる

「そのご予算ですと、都内なら北区か多摩。あとは埼玉、千葉。ただ、埼玉でも浦和は6000万円台になっていますので……」

 私は40代、都内在住。夫と保育園に通う息子の3人家族。夫婦ともども転勤・転職が多く、不動産購入に踏み切れずにきた。実家は東武伊勢崎線で都心から1時間超、そこから駅徒歩15分の埼玉の辺境地。夫の職場へのアクセス、さらに、頻繁に実家の母に子守を頼むことを考慮すると、浦和か大宮、23区なら北、荒川、文京、台東区あたりが望ましい。

 まず足を運んだのは、都心にある大手デベロッパーのマンションギャラリー。フィナンシャルプランナー(FP)による無償の住宅ローン勉強会が開かれていた。予算を問われ、とっさに「5000万円」と答えると、冒頭の答えが返ってきた。

特集:本気で買うマンション

「ダブルインカムなら最近は30代前半でも世帯年収900万~1000万円。売却前提なら、上限を考える必要はありません。超低金利ですから、皆さん目いっぱいローンを組んで、資産価値の高い物件をお買い求めになられますよ」(FP氏)

情緒あふれる下町に高価な新築マンションが点在する日暮里。駅前には3棟のタワーマンションがそびえる
情緒あふれる下町に高価な新築マンションが点在する日暮里。駅前には3棟のタワーマンションがそびえる

今や浦和も「高根の花」

 FPの勉強会を経て、まずは高校時代に通ったなじみ深い浦和へ。埼玉県内随一の文教都市・浦和は、湘南新宿ライン、上野東京ラインが止まるようになって人気が沸騰した。最近発売された駅徒歩4分のマンションは、70平方メートルで8000万円、80平方メートルで1億円超。私には「高根の花」だが、それでもすぐに完売したという。

 そうした中で「5000万円を切る」という駅徒歩9分の新築を見る。大手デベロッパーが手がける地上13階建て中層階の3LDK。「実は……」と営業マンが声を潜めた。「南側4メートル目の前に、十数階建てのマンションが建つんです。通常なら6000万円クラスの物件なんですが。浦和は用地がないので、常にあり得るリスクです。浦和駅近なら、資産価値も下がりませんよ」。心が揺らいだ。だがふと考える。夜、なかなか寝ない息子をベランダに連れだし、一緒に月や飛行機を眺めると、すぐに寝付いてくれる。4メートル先に壁ができたら月は見えないな……。

 続いて、内覧を申し込んでいた、さいたま新都心駅徒歩5分、総戸数約1400戸の「SHINTOCITY」のモデルルームへ。大手デベロッパー7社の共同開発で、最多価格帯は3LDK5100万円、一部4000万円台もある。浦和と比べ割安だからか、若い子連れの夫婦でにぎわっている。

 リビングのすぐ隣に、2畳半の学習コーナーがあった。「東大生の2人に1人がリビングで勉強していた、なんて言いますよね。ガラス戸越しに、お子様が勉強してらっしゃる姿を見守れます」。この道30年の女性の営業担当者がほほ笑む。最近の新築は造りが悪いと聞くが、それでもやっぱり小技が利いている。上野東京ラインも停車し、街のリセールバリューも上昇中。幸せな未来を想起させるCM動画を見せられ、再び心が揺らぐ。

 だが、私たち夫婦も若くない。何かあったときに、埼玉の巨大物件が売れるのか。住宅ジャーナリストの榊淳司氏の言葉を思い出す。「中古を売るときは、新築分譲時のように大々的に宣伝してもらえるわけじゃありませんからね」。

「リノベ」に心揺れる

 新築は厳しいと判断し、すぐに中古にシフトした。浦和でいくつか見たが、徒歩7分を切ると、良い物件は5000万円を超える。ならば都内で探した方がいい。

 東京下町の不動産仲介業者へ。インターネットで目に付いた台東区の物件を見る。千代田線根津駅8分、山手線鶯谷駅9分、5階3LDKで4700万円台は魅力だ。築年が「昭和」なのが気になるが。

 内装は見事にリノベーション(改装)されていて、だまされそうになる。ただオートロックはなく、エレベーターはガタガタ怪しい音を立て、ポストは安普請のアパートのよう。管理費と修繕積立金は計4万5000円と高い。「台東は物件が少ないですから」。営業マンがぽつりと言う。

 都心から一歩離れて荒川区へ。日暮里駅周辺、山手線の外側で4000万円台の物件をいくつか見る。いずれも20~40戸と小規模。駅徒歩6分でも2階だったり、床のきしみが気になったり。果たしてこれが「資産」になるのか。駅前に立つ3棟のタワマンが、こちらを見下ろしている。日暮里も、もはや庶民の手の届かないところにいってしまったのか……。

 さらに北上して北区へ。ここ数年で高級住宅地と化した赤羽、山手線の止まる田端は避ける。王子駅徒歩10分、南北線王子神谷駅徒歩6分で4680万円の3LDKは、南北に窓があって風通しが良く、リノベの仕上がりもいい。王子は23区の穴場エリアと言われる。一応、候補の一つか。

 翌週末、前に中古物件を見せてくれた浦和の不動産仲介業者から、様子うかがいの連絡があった。「川口なら物件も多いし、駅前にタワマンもたくさんあります。しかも川のすぐ向こうは東京。人気急上昇中です」。タワマンは高いだろうと避けてきたが、川口のタワマンならきっと射程圏内だろう。

 駅前で低層マンションを見たあと、駅徒歩4分のタワマンをのぞく。エレベーターに乗り合わせたのは、毛並みの良さそうな小型犬を抱っこする男性、上品なシニアの夫婦、おしゃれなママとワンピース姿の女児……。明らかに、これまで見た物件と雰囲気が違う。建物にも高級感がある。大手デベロッパー分譲の築浅とはいえ、中層3LDKが5480万円。ここは本当に川口か?

 帰り道、駅前のベンチで、おっちゃんたちのグループが大声を上げて酒盛りをしていた。川口といえば、キューポラの街、オートレースの街だ。タワマン住人と街の雰囲気とのミスマッチが、マンション価格高騰という異常事態を象徴しているように思えた。

最後は血迷い文京区へ

 物件回りを開始して1カ月弱。結局、立地も住環境も諦めきれない筆者は、終盤になって血迷い、ランクを引き上げて文京区へ。価格と立地のバランスが良く、古くてもしっかり管理されている物件が多い印象がある。「高台」にこだわり、これまでやる気を見せなかった夫の目も輝き始めた。掘り出し物はないか……。だが、さすが人気エリア。これはと思う物件や値ごろ感のある物件はかなり動きが早い。

 東大前駅から徒歩1分、2LDK5590万円のリノベマンションは1970年代築の旧耐震基準物件。住宅ローン控除は適用されないだろう。だが、規模も大きく造りがしっかりしている。問い合わせると、既に成約済みだった。

 飯田橋駅徒歩10分、2000年代築の7階広めの2LDKは5480万円。居住中の部屋を見せてもらう。30代とおぼしき夫婦と子供1人。この物件を売って、いくらの家に住み替えるのだろう。やはり「資産」を持つ人は強いなと、うらやましくなる。窓が南側一面にしかないのが気になったが、同じ日に内覧が何件も入っていたので、すぐに買い手が付くだろう。

「中古も、リセールバリューの高い物件から売れていきます」と、首都圏全域の不動産仲介を手がける不動産流通システムの村上太朗・営業課長は言う。世帯年収1200万円で9000万円ものローンを組む若い夫婦もいるという。「大丈夫かなと思うこともありますよ」と苦笑した。

 不動産購入とは、自身の人生設計を考えることであり、日本の未来を予測することでもあると実感する。あくまでも資産価値を追求するか。どこかで妥協し、身の丈に合った選択をするか。決断できないまま、時間だけが過ぎていく。

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