週刊エコノミスト Online勝ち残る・消える大学

中小私大の「大量淘汰」前夜 沈むのはどこだ!=中根正義

急激な少子化は、下位大学に淘汰を迫る(今年1月の東京大学での大学入試センター試験)
急激な少子化は、下位大学に淘汰を迫る(今年1月の東京大学での大学入試センター試験)

「うちの志願者が定員を大きく超えた。事務方は広報戦略がうまくいっていると言っているが本当だろうか……」

 昨年春、しばらく定員割れが続いていたある中堅大学の幹部の、喜びに一抹の不安が混じった問いかけに困惑した。

(注)大学進学率は「大学入学者÷18歳人口×100」で算出。2019年は速報値 (出所)文部科学省「学校基本調査」より編集部作成
(注)大学進学率は「大学入学者÷18歳人口×100」で算出。2019年は速報値 (出所)文部科学省「学校基本調査」より編集部作成

 広報戦略は、確かに一定の効果はあったのかもしれない。だがいま私大が潤っているのは、間違いなく文部科学省の「入学定員管理の厳格化」による影響だ。18歳人口は今後、減少の一途をたどる(図1)。2〜3年先、この「官製・私大バブル」がはじければ、定員割れの大学は指数関数的に増えていく。喜んでいる場合ではないのである。

 入学定員管理の厳格化は、首都圏を中心とする都市部の大学に学生が集中している状況を是正する目的で、2016年度から始まった。

(出所)文部科学省「学校法人を取り巻く現状と課題等について」
(出所)文部科学省「学校法人を取り巻く現状と課題等について」

 いま、地方の中小規模の大学は定員割れにより、半数近くが赤字経営に追い込まれている(図2)。背景にあるのは、都市部の大規模大学への学生集中だ。文科省によると、14年度には全国の大学で約4万5000人の入学定員の超過があり、ほとんどが三大都市圏の大規模大学に集中しているという。そこで同省は、各大学の入学者数が入学定員を超過することのないよう、定員充足率(超過率)の基準を18年度まで段階的に厳しくしてきた。

中堅大に受験生殺到

 例えば収容定員8000人を超える大規模大学は、入学者数が入学定員の1・1倍以上になった場合、助成金が全額カットされる。当然、大学は合格者を抑制する。青山学院大や関西学院大のようにこの数年で約25%も合格者を絞った難関大学もあり、特に首都圏や関西で、これまでなら十分合格圏に入っていた受験生が不合格になるケースが続出した。

 浪人を回避したい受験生は志望校のレベルを下げ、併願校を増やす。結果的に、中堅以下の大学の志願者増につながった。ここ数年にわたり志願者が増え続けている大学を見ると、上位は13年連続の福岡工業大、8年連続の龍谷大、桃山学院大、7年連続の白鷗大、東京工芸大、追手門学院大、大阪経済大、大阪経済法科大、阪南大、神戸学院大と、その多くが中堅大で占められている。

 さらに、21年度入試からスタートする大学入学共通テストの導入も、受験生の志願先に影響を与えている。事実上の白紙撤回に追い込まれた英語民間試験活用のほか、国語や数学の記述問題についても、採点の公平性などへの疑問から延期を求める声が強まっている。実施まで1年数カ月に迫ったいまも、その先行きは不透明なままだ。受験生が「大学入試センターは今回が最後。浪人したら、大変なことになる。来年春の入試で何としても進学先を決めたい」と思うのは当然だろう。各予備校が実施している模擬試験の志望動向などを見ると、顕著な安全志向が表れている。

数百私大が姿消す

 18歳人口の推移を見てみよう。ここ10年ほど120万人で安定していたが、18年から減り始め、19年は117万人に落ち込んだ。13年後の32年には100万人を割り、さらにその5年後の37年には図で示した国の推計より早く、90万人以下になることが確実視されている。

 団塊世代と呼ばれる世代が18歳を迎えた1966年が約250万人、団塊世代の子どもたちである団塊ジュニア世代が大学入学を目指した92年には205万人であったことを考えれば、90万人という数字がどれほど少ないかが分かるだろう。

 ここまで少子化が進みながら、「大学の危機」が叫ばれてこなかったのはなぜか。それは、大学数の増加に合わせて進学率が順調に伸びてきたからだ。66年当時、大学数は346校、大学進学率は11・8%にとどまっていた。それが92年には523校、26・4%となり、2018年は786校、53・7%まで拡大した。この50年で、高卒者の大学進学者は10人に1人から2人に1人になり、大学進学が「普通」になった。大学のユニバーサル化である。

「大学進学率をもっと上げればいいじゃないか」と考える読者もいるだろう。だが、現在の大学進学率に短大(4・4%)、専門学校(23・6%)、高専4年次(0・9%)の進学率を加えると80%超だ。大学進学率をアップさせるのは既に限界に来ている。

 現在、最も入学定員が多いのは日本大で約1万5000人、早稲田大の約9000人、近畿大の約8000人と続く。18歳人口が現在より約20万人少なくなる13年後、仮に大学進学率が現在の約50%で推移したとすると、大学入学者の10万人のパイが吹っ飛ぶ。つまり、日大クラスで約7校分、早大クラスが約11校分、近大クラスで約13校分が消滅することになる。全国にある私立大のおよそ7割は入学定員が1000人未満であることを考えれば、数百校規模の大学が姿を消すということだ。

国公立も大再編時代へ

 文科省も手をこまねいているわけではない。国立大ではすでに1法人が複数大学を運営する「アンブレラ方式」が動き出しており、名古屋大と岐阜大、静岡大と浜松医科大、奈良教育大と奈良女子大、小樽商科大と帯広畜産大、北見工業大が統合を目指している。公立大は大阪府立大と大阪市立大の統合が決まった。

 今年6月には国立大学改革方針が提示され、イノベーションを創出する知と人材の集積拠点としての役割や、地方創生・地域経済活性化の役割を担うため、改革を進めていくことが明記された。文科省幹部は「護送船団方式で大学を守っていくような時代は終わった」と、明言している。

 私立大でも、学部単位での事業譲渡をスムーズに進めるための規則改正や、国公私立の枠を越えた連携・統合のための仕組み作りが始まった。

 最近、中堅の私立大理事長や学長クラスから、こんな相談を持ちかけられるようになった。「文系学部しかなく、志願状況が厳しい。志願者を集められる新たな学部を設立するとしたら、どんな系統がいいのか」「先日、ある単科大学のトップから、一緒にならないかと誘われた。これからは、そうやっていかないと生き残れないのだろうか」。少しずつ、危機感が高まってきているという印象だ。

 6年連続で志願者数全国トップを走る近畿大も例外ではない。「18歳人口の減少は深刻だ。いまは入学者の7割が関西出身。他の地域にも知名度を広げていかなければ、うちも決して安泰とは言えない」と広報担当者が言う。

 だが、危機感ばかりをあおるつもりはない。日本は山積する社会課題をどう解決しようとしているのか──。世界の注目が集まる。デジタル技術を駆使して課題解決先進国を目指そうという「Society(ソサエティー)5・0」の実現に向けた取り組みも加速しており、大学にその中核的役割が期待されているのは間違いない。10年後、20年後の社会のあり方を見据えた、果断な改革が求められている。

(中根正義・毎日新聞編集委員)

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