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ビジネス界、量子コンピューターの実用化を模索=白鳥達哉

    「Q2B」には各業界から多くの企業が参加し、活用方法を模索している NRI提供
    「Q2B」には各業界から多くの企業が参加し、活用方法を模索している NRI提供

    「量子コンピューターが、自分たちのビジネス分野でどのように使えるのか、企業側の関心が高まっている」

     2019年12月に米サンノゼで開催された「量子コンピューター国際会議(Q2B)」に参加した野村総合研究所(NRI)の藤吉栄二上級研究員は、1年前のQ2Bとの違いを肌で感じとった。研究者中心から協業を模索する企業関係者の存在感が、格段に増していたからだ。

     18年の参加者数が約350人だったのに対して、今回は約500人に急増。参加者の所属企業は国内だけでもデンソー、富士通、伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)、丸紅、三菱重工業、NEC、ニコン、NTT、武田薬品工業など多岐にわたる。ここからもその注目度の高さがうかがい知れる。

    企業が続々参入

     量子コンピューターは、11年に世界初の商用をうたうカナダ・Dウェーブシステムズの「Dウェーブ」の登場をきっかけに、大手IT企業が次々と開発に参入。米IBMが14年に量子コンピューターを含む新技術領域に300憶ドル(約3・3兆円)の投資を発表する一方で、米グーグルや米インテルも量子コンピューター用のプロセッサー(演算処理装置)を開発している。日本でも、NECが量子コンピューターの開発に取り組んでおり、23年の実用化を目指す。

     また、厳密には量子コンピューターではないが、その用途の一つである組み合わせ最適化問題(大量の選択肢の中から、ある条件におけるもっとも好ましい解は何かという問題)を効率的に解決する専用機をNTTや富士通、日立製作所、東芝が開発している。デンソーと豊田通商は、量子コンピューターを使った実証実験をタイで行っている。14万台以上のタクシー・運送車両に取り付けた端末から位置やスピード、向かっている方角などのデータを送信。データを量子コンピューターで即時処理することで、いくつもある道筋から、その時々の渋滞状況を瞬時に把握し、最適なルートを選択できるようにする取り組みだ。

     国内では、量子コンピューターそのものの開発以外にも、量子コンピューター上の計算で使うアルゴリズム(計算式)やアプリケーションの開発を手がけるスタートアップ企業も登場し、にわかに活気づいている(表)。

     たとえば、キュナシス(東京都文京区)は量子コンピューターの性能を大きく引き出すためのアルゴリズムやアプリケーションの開発を手がける。シグマアイ(東京都港区)は量子コンピューターの基礎・応用・実践の技術指導や、導入支援を行っている。

    複数の計算を一括処理

     そもそも量子コンピューターとは何か。それは、私たちが日常、使っているコンピューター(古典コンピューター)よりも、はるかに強力な計算能力をもつコンピューターを指す。

     古典コンピューターの世界では、あらゆる情報は「0」か「1」のどちらかの値で表現される「ビット」という基本単位の集まりで構成され(16ページ図)、情報を処理する際は、このビットの組み合わせで演算を行う。具体的には、2ビットの演算を行う場合、その組み合わせは「00」「01」「10」「11」の4通り(2の2乗)が考えられるが、古典コンピューターではこの組み合わせを1つずつ順番に、計4回処理する必要がある。

     これに対して、量子コンピューターは「量子ビット」という量子力学上の単位を用いて演算を行う。ビットが0か1のどちらかに値が決まっているのに対して、量子ビットは0と1が重ね合わさった(0であり、1でもある)状態も表現できる。この重なり合わせの状態を維持しながら情報処理を行うことで、複数の計算を一度に行うような状態を作ることができ、計算回数を大幅に削減できる。

     たとえば、50量子ビットの性能を持つ量子コンピューターであれば、約1125兆通り(2の50乗)もの計算を、古典コンピューターよりも大幅に短い時間で処理できる可能性を秘めている。

     例として、グーグルは独自開発した量子プロセッサー「シカモア」を用いて、スーパーコンピューターで1万年かかる計算を200秒で解いたとの論文を19年10月に発表した。つまり、計算時間をスーパーコンピューターの16億分の1に短縮したことになる。

    まずは化学分野で活用

     量子コンピューターが実用化すれば、コンピューターの計算能力の限界を指数関数的に引き上げることができるようになり、さまざまな領域で威力を発揮すると考えられている。

     その一つが、時々刻々と価格が変わる金融市場だ。NRIの藤吉氏によると、米ゴールドマン・サックスは「モンテカルロ・シミュレーション」という計算方式を高速化し、ポートフォリオ(投資の中身)の最適化や裁定取引の高速化につなげることができないかを研究中という。

     ほかにも、工場ラインの最適な人員配置、運送業者の最適配送ダイヤの開発、AI(人工知能)の応用範囲の拡大など、量子コンピューターに対する実務や実業ベースの期待は非常に大きい。

     ただし、量子コンピューターの汎用(はんよう)化は、まだ課題山積の状況だ。

     課題の一つは、量子ビットの数を増やすことの難しさにある。NRIの藤吉氏は「量子ビットはノイズに非常に弱いことが特徴。さらに、量子ビットが増えれば増えるほど、量子ビット間の干渉によるノイズ発生が増え、エラーが出やすくなってしまう問題を抱えている」と指摘する。

     また、現存する量子コンピューターもエラーが出る確率が低いとは言いがたく、実務に使えるのかという根本的な課題があるのだ。

    「現在の最高峰はグーグルが開発する72量子ビット試作機だが、汎用レベルに必要な量子ビットの数は10万以上とも言われており、そこまでのレベルに達するにはあと20~30年は必要だと見られている」(藤吉氏)。

     現在、IBMやグーグルなどは、50~100量子ビット程度の量子コンピューターを作ることを目標とし、さらにノイズの影響でエラーが出ても、影響の少ない分野での活用方法を見いだそうとしている。具体的には化学系の分子構造解析に関する研究がその一つ。創薬や新しい化学肥料の開発に活用が期待されている。

     エラーがあっても問題のない分野での活用を提案しつつ開発を進める「プレ量子コンピューター」とも言える時代を早期に実現し、汎用量子コンピューターの登場につないでいくというのが、理想的な発展シナリオになるだろう。

    (白鳥達哉・編集部)

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