週刊エコノミスト Online闘論席

片山杜秀の闘論席

撮影 中村琢磨
撮影 中村琢磨

 リンゴはなぜ地面に落ちるか。地球に引っぱられているからだ。そうニュートンが喝破したのは非常時下だった。1665年、ロンドンにペストが大流行した。約30万の人口のうち、4分の1もが死亡したという。密集地にいては命が危うい。ニュートンもロンドンから逃げ、田舎のリンゴの木を眺めていてひらめいた。

 それに少し先んじる51年、やはり英国の人、ホッブズが『リヴァイアサン』を著した。人間は放っておくと無法化し、万人が万人に対し闘争を始める。だから強力な国家が必要だ。ホッブズはこの着想をどこから得たか。

 疫病だろう。ロンドンの大流行の前だが、欧州で疫病による大量死が起こるのはしょっちゅうだった。そのとき人間の正体がむき出しになる。自分の命が助かるなら他人を押しのけて何でもする。それを阻止できるのは暴力装置を独占した国家だけだ。『リヴァイアサン』の初版本のカバーにはペストの防疫人が描かれている。厳しい防疫を可能にする絶対権力が近代国家の本質ということだ。

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