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人は自分の利益を最優先に考える 迷走するワクチン政策を“最適化”する経済理論とは=小島武仁

「マーケットデザインで解決できる社会課題はたくさんある」
「マーケットデザインで解決できる社会課題はたくさんある」

効率的な資源配分ができる社会制度に改善する、新しい経済理論がコロナ対策で生きる。その理論を展開する新鋭経済学者、小島武仁氏に聞いた。(聞き手=浜條元保/斎藤信世・編集部)

―― マーケットデザインを活用することで、コロナワクチン接種が混乱なく、スムーズにできると主張している。そもそもマーケットデザインとは何か。

■ワクチン配布は単純に物を配るというロジスティクス(物流的)な問題ではない。受け手が人間なので、人間がどう動くかを考えて制度を作らないといけない。そういった人間が介在するマッチングの問題は、例えば倉庫にモノを詰める作業よりも格段に難しい。モノであれば動くことはないが、人間の場合は他者の行動を読み合い、自分に最適な形になるように考えて行動するからだ。そこを踏まえた制度を作らないと、ワクチン配布はスムーズにいかないのではないか。

 そこで、人それぞれをゲームのプレーヤーに見立て、状況を分析する経済学のゲーム理論や、その知見を生かしたマーケットデザインが有効だ。

先着順が混乱した理由

―― 日本のコロナワクチン接種では、先着順にしたため混乱が起きた。

■私自身も親が大事なので、受け付けの開始直前からパソコンを立ち上げ準備したが、少し後ろめたい気持ちもあった。私のように親をサポートできる人がいる場合と、そうでない人ができてしまうからだ。公平性に欠ける。

先着順のワクチン配布方式は、コールセンターやウェブサイトの逼ひっぱく迫を引き起こした。これは、個人のインセンティブ(誘因)と社会全体のそれがうまく調整できていないからだ。私のように自分の親が早くワクチンを打てたほうがいいから何度もネットにログインしたり、電話がつながるまでかけ続けたりする。大勢がそれをやると、システムダウンなど、みんなにとって良くないことが起きる。そこで解決策として、コールセンターやウェブサイトの容量を増やすことになる。

―― どうすればよかったのか。

■接種方法の仕組みを少し変えるだけで、インセンティブを変えられ、混乱を解消できる。兵庫県加古川市の事例がわかりやすいだろう。

 まず、1週間か2週間の時期を区切って、接種希望者の応募を受け付ける。そして、締め切り後に年齢順などの一定のルールで抽選すれば、予約の集中を避けられ、かつ公平性も担保できる。先を争って電話やネットで予約するというインセンティブは発生しない。

相談に来てほしい

―― 最初のワクチン接種のシステムを作る前の早い段階で、提言をしていれば、混乱は避けられた、と?

■そこは非常に残念に思う。一般社会に経済学者が持っている知見が役に立つという認識がまだ足りなかった。1月中ごろ、研究仲間であるカナダ・ブリティッシュコロンビア大学経済学部の野田俊也助教授が、ワクチン配布に関する政策リポートで、先着順の問題点を指摘し抽選制など別の方式のメリットを説明したが、実際に自治体から我々に相談をもらったのは、予約受け付けの仕組みなどがすでに決まった後だった。

 しかし、諦めることはない。今からでも相談を受ければ、その時点で最適な接種方法を助言できる。仮に先着順のシステムだったとしても、接種券を送るタイミングを年齢順でずらし、接種券が届いた段階で予約できる仕組みに変えるなど改善策がある。

接種を希望しない人をどうするか

―― 今後、接種を希望しない人、あるいは拒否する人の問題が発生しないか。

■顕在化してくるだろう。予約を取りやすくするほかに、ワクチン接種を後押しするインセンティブを作る必要がある。ワクチン接種は、自分が重症化しないためだけでなく、家族や友人はじめ周りにうつさないためでもある。接種する本人よりも、広く社会全体の利益が大きくなる。

 この効果は、経済学の用語では「正の外部性」と呼ばれる。このような状況では、接種するか否かを個人の自由意思に任せ、かつ政策介入を全く行わない場合、社会的に最適な水準まで接種率が向上しないことが予想される。正の外部性が存在する状況で、望ましい水準を達成するには、正の外部性を持つ行動に対して補助金支給などのインセンティブを与えることだ。ワクチンの接種を受けた人が、社会全体にもたらす利益の一部を補助金として本人に還元することにより、種者を受けた本人の便益と社会が受ける便益を一致させられる。

GoToトラベルの利用を

―― GoToトラベルの利用をインセンティブにする方法はどうか。

■GoToトラベルを再開することを前提にした場合、ワクチンを打った人に限定するという政策を入れるのは筋がいい。ワクチンを打つためのインセンティブとして働く可能性が高い。さらに、GoToトラベルで懸念されている感染リスクも減らせる。加えて、インセンティブをつけるための財源が、すでにつけられている点でもいい。

 ただし、私はGoToトラベルをやった方がいいとは必ずしも思っていない。再開すると人流が増えて、さらなる感染の波を呼ぶ可能性があるからだ。コロナで消費は落ち込んでいるとはいえ、リバウンドが起きつつある中で、GoToというインセンティブをつけると、インフレ懸念が生じるかもしれない。

 また、特定の産業の消費に対してクーポンをつけるのは、単純な所得保障と比べると、経済学で言う死荷重(完全競争市場で、政府が市場介入をすると、得られるはずの余剰が失われる)の問題が発生する。つまり、本来ならば旅行に価値を感じていない人たちが、安くなったから旅行するというのは望ましくない。もしやるのなら、そこにワクチンパスポート(接種証明書)的なものをひもづけるなど、ワクチン接種のインセンティブとして使うことが望ましい。

こじま ふひと

1979年生まれ。2003年東京大学経済学部卒業、08年米ハーバード大学経済学部で博士号(Ph.D.)取得。米スタンフォード大学教授を経て、20年より現職。

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