高コスト発注にさようなら 国交省が河川排水ポンプを「特注品」から「既製品の組み合わせ」に転換へ
洪水の際に河川の氾らんを防ぐべく設置されている排水場のポンプ。そのポンプの発注方法を国土交通省が抜本的に転換する。従来は特注・少量生産型の大型機を配置していたが、汎用・大量生産型の小型機を官民で開発し、低コスト化を図る。
背景には、近年水害が多発する中、排水ポンプが故障する事態が相次いでいることがある。特注品だと修理や部品交換にコストも時間もかかる。汎用・大量生産型の小型機ならば、こうした問題に対処できる。その上、財政基盤の弱い市町村も購入しやすくなる。国交省は、排水ポンプへの納入実績が無かった自動車メーカーも巻き込み、今年度中に小型機を試作し、来年度以降、一部の排水ポンプ場に導入し実証実験を行う。
特注エンジン4000万円、減速機2300万円
排水ポンプは現在、地方整備局(国交省の出先機関)が発注し、荏原製作所やクボタ機工などが納めている。内部は大きく分けて①動力源であるエンジン②エンジンの回転を減速して力(トルク)に変換する「減速機(トランスミッション)」③動力で水を吸い上げ、外部へ吐き出す「ポンプ」の3つから構成される。
国交省の資料によると、このうち、エンジンは特注品で約4000万円以上かかり、大型だと7500万円かかる場合もある。減速機も特注品で2300万円程度だという。ポンプについては国交省の資料では価格を公表していない。維持管理についても特注品独自の点検項目があり、年間1500万円かかっていた。
球磨川水害でも排水場ダウン
しかし、特注品であるだけに故障をすると被害は長期に及ぶ。2020年7月の熊本県の豪雨では、球磨川水系の排水場でポンプが水没。エンジンを取り替えることになったが、特注品だったのでゼロからの製作が必要となり10カ月かかった。
2019年6月には、江戸川沿いにある三郷排水機場(埼玉県三郷市)の排水ポンプを定期点検したところ、5台中1台のポンプのエンジンの故障が判明。修理に1週間がかかり、残り4台の処理能力でしのいだ。同年10月には台風19号が関東を直撃し、江戸川でも水位が急上昇したため、同排水機場も稼働した。「もし修理中だったらどうなっていたか分からない」と、関係者が肝を冷やした出来事だった。
特注・大型機1台配置から汎用・小型機複数台配置へ
国交省では、連綿と続けてきた「特注・少量生産・大型機」の発注方式では、コストが高い上、故障・不具合の影響が大きいことに危機感を持った。そこで旧来の発想を転換して、①汎用品を組み合わせた低コストの小型ポンプを開発した上で、②大型ポンプを1台設置していた所に、今後開発する小型ポンプを複数台配置し、結果として処理能力は保つ方針を立てた。汎用品ならば故障しても、代替機を据え付ければ済む。
この方針実現にはまず、小型ポンプの開発が必要だ。国交省の有識者委員会で「同程度の馬力を出すのには、エンジンは特注品ではなく、自動車用の汎用品でも可能では」「減速機は自動車や工業用の汎用品でも十分では」と検討を重ねて、技術仕様を決定。エンジン、減速機、ポンプの技術仕様を公開し、民間企業に製品提供と技術協力を求めたところ、複数社が応じた。
豊田自動織機の腕の見せ所
小型機開発に参加した企業は以下の通り。
エンジン=豊田自動織機、三菱自動車、三菱ふそうトラック・バス
減速機=ベルトなど減速機の部品専門メーカー
ポンプ=荏原製作所、電業社機械製作所
このうち、エンジンについては豊田自動織機や三菱自動車が既存のエンジンを提供し、小型ポンプの開発に参加する。
豊田自動織機は、河川ポンプへの納入実績はゼロだが、今回、1GD-FTV型ディーゼルエンジンを提供する。同エンジンは、トヨタ自動車の「ランドクルーザープラド」、「ハイエース」などに登載され、累計120万台の生産実績がある。
ディーゼルエンジンとしたのは、国交省の要請による。ポンプは災害時に稼働する特性から、燃料の扱いやすさに優れた軽油で動くディーゼルが必要とされたのだ。
自動車向け既製品を、河川ポンプ向けに取り付けるには技術的な工夫が必要だ。
自動車が登り坂に入ればエンジン回転数が下がるので、アクセルで回転数を上げる。自動車は人間がアクセルで回転数を一定に保てるが、河川ポンプは違う。河川の水位が変わって負荷が変動してもエンジンの回転数は一定に保たないとならない。自動車ならば、アクセルを踏んだり離す人がいるが、河川ポンプはアクセルを都度コントロールする人はいない。豊田自動織機では回転数を自動で制御するためECU(電子制御ユニット)を河川ポンプ仕様に変更する。
三菱自動車もエンジン提供
三菱自動車も、「デリカD:5」用ディーゼルエンジンを提供した。同社も河川ポンプ向けの納入実績はない。河川ポンプへは初めての提供とあって、減速機やポンプに接続して、すり合わせ、課題を洗い出す。
エンジン価格4000万円→百万円台に縮減も
以上のような既製品を組み合わせた「汎用・大量生産型」の小型ポンプは、どの程度の費用削減につながるのか。国交省の試算では、小型ポンプで必要とされる出力の場合、エンジンは特注品ならば4000万円以上かかるが、自動車用汎用品ならば75~200万円程度に、減速機は特注品の2300万円程度から数十~500万円程度へ圧縮できる可能性がある。
ただし、1台当たりの処理能力は特注品の大型機の方が高いことには留意が必要だ。それでも、特注品1台分を小型ポンプ複数台に置き換えれば相当のコスト減が見込める。
定期点検も、特注の大型ポンプの年間1500万円程度から、小型機は相当程度の縮減が期待できる。小型機では自動車エンジンの点検項目も転用できるからだ。
開発機の規格が将来の発注要件に
国交省と各社は現在部品をすり合わせて小型機を開発しており、1月にも中規模の排水場へ実験的に導入する。機能を確認できれば、規格を確定して発注の際の条件とする。ポンプ業者など入札者は、その規格に基づいたエンジンや減速機を使うことが求められる。このため、今回の開発に携わった業者のエンジン、減速機、ポンプが採用される可能性が高い。
国交省が小型機を積極発注すれば、スケールメリットが発揮されて1台当たりの価格が下がり、財政基盤の弱い地方自治体にも手が届く価格帯になりうる。自治体が購入してさらに1台当たりの価格が下がる、という好循環も生まれる。
三菱自、豊田自動織機は洪水被害
将来的に国交省と自治体が小型ポンプを発注すれば、豊田自動織機や三菱自動車には年間百台程度の新規エンジン需要が生まれる。ただし、百万台規模での生産実績がある両社にとって、百台レベルの需要は収益には大きく貢献しない。技術検討に当たっても、必要経費程度しか取らない。いわば、見返り無し、手弁当に近い状態で技術検討に参加しているのには理由がある。
三菱自動車は2008年の岡崎水害、18年の岡山水害で、岡崎・水島両工場や協力会社の関係者も被災した。豊田自動織機も、19年の長野県水害で、子会社の仁科工業が被災した。エンジン提供・技術協力は水害で被災する人を一人でも少なくする社会貢献だという。豊田自動織機の営業担当は「安価な河川ポンプを開発すれば、財政規模の弱い自治体も購入できる」と狙いを語る。参加業者にとっては、社会貢献の色合いが強そうだ。(種市房子・編集部)