国際・政治エコノミストリポート

軽症者に使えるコロナ「抗体カクテル療法」、供給・コスト面に課題あり=村上和巳

東京都は新型コロナの軽症者向けに設置された「酸素ステーション」で抗体カクテル療法を実施する方針を示した
東京都は新型コロナの軽症者向けに設置された「酸素ステーション」で抗体カクテル療法を実施する方針を示した

コロナ軽症者も使える「切り札」 特例承認の「抗体カクテル療法」=村上和巳

海外依存の供給、高価格に懸念

「(新型コロナウイルスの)重症化リスクを7割減らす新たな治療薬を、政府で確保しておりますので、この薬について、これから徹底して使用していくことも確認いたしました」──。東京五輪の会期中、新規感染者数が過去最高を更新した7月27日、記者会見で菅義偉首相は発言した。菅首相が言及した治療薬が、厚生労働省が特例承認した中外製薬の抗体カクテル療法「ロナプリーブ」だ。

 ロナプリーブは、ヒトの体内で特定の物質の働きを抑える「抗体」を医薬品として人工的に製造した「抗体医薬品」に分類される。新型コロナの感染は、体内に入ったコロナウイルスが、ウイルスの表面にある突起状のスパイクたんぱく質とヒトの細胞と結合することで起きる。ロナプリーブにはこの新型コロナのスパイクたんぱく質を標的にした2種類の抗体医薬品(カシリビマブ、イムデビマブ)が含まれており、これによってウイルスの増殖を抑制する。

 使用時に2種類の抗体医薬品を生理食塩水と混合して患者に点滴注射で投与するため、酒やジュースなど複数の飲料を混ぜて作るカクテルに例えて、「抗体カクテル療法」とも呼ばれる。すでに米、仏、独で緊急使用許可を取得しているが、正式承認されたのは日本が世界初。日本国内で承認された新型コロナ治療薬としては4種類目になるが、従来の3種類がいずれも中等症以上でしか使用できないのに対し、ロナプリーブは条件次第で軽症者にも使用できるのが特徴で、大きな期待が寄せられている。

重症化リスク7割減

 ロナプリーブは、緊急性の高い治療薬を簡略化した手続きで承認する特例承認の仕組みを利用したため、承認に伴う審査では海外での臨床試験データが使用された。臨床試験では、肥満、年齢50歳以上、高血圧を含む心血管疾患がある、などの重症化リスク因子を有する軽症の新型コロナ患者を対象に実施。標準的な対症療法を行いながら、ロナプリーブと偽薬(プラセボ)を静脈内に1回点滴投与する二つのグループに分けられて効果を比較した。

 その結果、投与から約1カ月以内の新型コロナ関連入院または死亡(新型コロナとの明確な因果関係は問わない)に至った事例の発生率は、プラセボ群が3・2%だったのに対して、ロナプリーブ群が1・0%。つまり、ロナプリーブを投与することで入院・死亡リスクが70・4%低下していた。また、症状の持続期間はプラセボ群14日、ロナプリーブ群10日と症状の持続についても短縮の効果がみられた。

 副作用については、ごく一部で「アナフィラキシー」などの重度の過敏症状が起こる可能性はあるものの、現時点で明確に分かっているものは、注射から24時間以内に起こる発熱、悪寒、吐き気、めまいなどの急性症状である「急性輸液反応」ぐらいで、その発生率は0・2%にとどまっている。

 前述した臨床試験のデータなどを踏まえ、現在日本では(1)酸素投与が不要な状態、(2)重症化リスク因子(図)を有する、(3)発症から1週間以内である──の三つの条件を満たす場合に、ロナプリーブの使用が認められている。

年末まで20万回分調達

 死亡リスクを低下させ、かつ安全性も高く、医学的に死角がないように思えるロナプリーブだが、懸念がないわけではない。それが変異株への有効性だ。感染力の強い変異株「デルタ株」も含め各種変異株の性質を模した疑似ウイルスを使った実験が実施され、「ウイルスを無力化する効果はおおむね従来株での効果と変わらない」という結果が出ているものの、変異株に感染した患者での効果を検証した研究報告は行われていない。

 そして、現状で最も大きな懸念材料が供給体制だ。そもそもロナプリーブは米リジェネロン社が開発し、スイスの製薬大手ロシュが提携で獲得。ロシュ子会社の中外製薬が開発・販売ライセンスを取得し、販売にこぎつけている。そのため、生産はすべて海外で行われており、生産量のコントロールが難しい。

 加えて、新型コロナが現時点では患者の治療費負担がない感染症法に基づく指定感染症であるため、ロナプリーブは政府が中外製薬との契約に基づき全量を買い上げ、必要とする医療機関の求めに応じて国が中外製薬を通じて配分しているという事情がある。このため、必要な患者にタイムリーに届けづらいという問題が指摘されている。

 中外製薬は7月26日の21年6月中間決算会見で、奥田修社長がロナプリーブの投与患者の見通しについて「当社予測で21年後半の国内全体の予想感染者数は約40万~70万人、重症化リスクを保持している患者は20~40%くらいと想定している。この中から無症状患者10~20%くらいと、中等症Ⅱ以上の重症者を除いた入院患者が対象」とする見解を述べた。

 発言から概算すると下半期での最大投与対象者…

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週刊エコノミスト

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