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経済・企業 エコノミストリポート

GAFA規制、分離・分割では効果は期待薄=渡辺誠

米国家経済会議(NEC)の特別補佐官、ティム・ウー氏(写真右)、米連邦取引委員会(FTC)委員長のリナ・カーン氏(写真左)
米国家経済会議(NEC)の特別補佐官、ティム・ウー氏(写真右)、米連邦取引委員会(FTC)委員長のリナ・カーン氏(写真左)

巨大ITの規制 米、GAFAの規制法案提出 疑問符が付く「分離」効果=渡辺誠

「例えば幾何の問題に見せかけて、実は関数の問題である、とか。(中略)数学の本質を理解しておらず、マニュアルに基づいて解くことに慣れている生徒には、(中略)一見、幾何の問題に見えるものだから、必死になってそっちの方向から解こうとする」──。

 GAFA(ガーファ)などプラットフォーマーと呼ばれる米国の巨大IT企業の規制や分割にまつわる問題を考えると、直木賞受賞の小説、『容疑者Xの献身』(東野圭吾著)に出てくるこのセリフが思いだされる。対処すべき困難な問題があるが、解決方法を最初から間違えていると思えるからだ。

米政権、反独占を鮮明

 米下院は、GAFA規制法案を6月に提出した。その内容は、プラットフォーム上での自社製品やサービスの優遇措置の禁止や、競争を阻害するような買収の禁止など五つの法案(表)である。バイデン政権は、ティム・ウー氏を国家経済会議(NEC)の特別補佐官に、リナ・カーン氏を米連邦取引委員会(FTC)の委員長に起用。両氏はともに米コロンビア大学の研究者で、強硬な反独占、反トラスト主義の法学者で、巨大ITの主要な事業を分離・分割せよと主張する構造分割の推進論者だ。

 構造分割とは、プラットフォーム部門と自社の製品やサービスを販売する部門(自販部門)を別会社とすることだ。アマゾンと同様にアップルは「アップストア」で、グーグルは「プレイストア」でそれぞれ他社と自社の製品が販売されている。他社が制作・製造したソフトウエアや商品群がGAFAのプラットフォーム部門で販売されるのと並行して、GAFAが提供する製品・サービスも販売されており、これにより競争がゆがめられている、という懸念が構造分割の発想の根底にある。

 しかし、ミクロ経済学の知見によれば、構造的分離によって競争阻害行為がなくなるかは、分割論者が考えるほど自明ではない。プラットフォーム・サービスの提供と自販部門は、お互いがお互いの機能を高めあう補完関係にあるからだ。筆者の最近の研究に基づけば、自販の優れたところは、豊富な在庫保有によって迅速なサービスが可能であること。また、プラットフォームの運営者としての評判メカニズムにより、製品の質の向上が確保されやすい。

 その半面、自社製品の販売を自社のプラットフォームに限定しているので、市場拡大には本来は不向きだ。これに対し、他の小売業者に電子商取引の基盤を提供する「マーケットプレイス」は、市場の規模を広げるのは比較的容易だが、参加企業に対してプラットフォーム側には指揮命令の権限がないため、在庫、製品の質ともにまちまちである。一方、プラットフォーム提供者の自社製品は自社プラットフォームから反復して得られる評判によって品質に磨きを掛けやすいという構造がある。

 今日では、消費者がオンラインで商品を吟味する際の追加費用はほぼゼロに近いので、消費者は納得するまで目的の商品を吟味することができる。この構造により、巨大IT企業には、プラットフォームの提供と、自販部門との補完関係は不可分なほどに強固になるし、消費者には他社では代替ができない便益を提供している。

 原理的には、プラットフォーム上での自社製品への優遇措置そのものを防ぐには、事業部門同士の資本関係を残したまま、その機能を分ける「機能的分離」も考えられる。とはいえ、本当に実行されているか常に監視しなければならず、現実問題として非常に難しい。雑ぱくな分割論を推しても、反トラスト法本来の目的に照らして、狙い通りの成果が得られるか、専門家の間では疑問視されている。

 その一方で、時価総額などの指標でみて、国家の国内総生産(GDP)を凌駕(りょうが)するほどの存在になったGAFAはマクロの視点で論じる必要がある。まず、米国企業の平均マークアップ率(利幅)は、1980年から2016年までの間に約44%増加していることに注視する。マークアップ率とは製造コストの何倍で販売できたのかをみる値だ。これは少数の「スーパースター」とも呼ばれる大企業によってもたらされたもので、経済全体でみた利幅上昇の大部分はスーパースターへの市場シェアの集中によって説明できる。欧州でも同様の利幅の上昇がみられるが、米国ほどの集中は起こっていない(図1)。スーパースターの特徴は、AI(人工知能)などの最先端の技術を用いて、大量のデータ取得に投資し、高い生産性をもって市場を支配する。

 各国での利幅の上昇は、規制緩和の潮流および技術革新によるものであると考えられている。ロジックは次の通りだ。まず、巨大IT企業では規模の経済が発生するため、技術革新が大きな効率向上をもたらす。しかし、巨額の費用を投じて構築されたプラットフォームは参入障壁が高い。しかも、「勝者総取り」を容認する規制緩和の下では競争メカニズムが働かず、価格が高止まりする。こうして市場支配力の上昇が生じる。

雇用や賃金に悪影響

 利幅上昇のマクロ経済学的な帰結は、いろいろ指摘されている。第一に、高価格の下では低生産量でも同一の収益率を保てるため、産業全体での投資量が低下する。投資の低下は、長期でのイノベーションの低下の要因になる。第二に、技術革新によって、同じ生産量をはるかに少量の投入財で生産できるようになるため、市場の集中が起こる局面では、産業全体での雇用量および平均賃金が引き下がる。これにより、労働分配率が大きく下がる。第三に、高いマークアップ率の下で操業している大企業はショックが起こっても投入量を大きく調整しない傾向にあるため、マークアップ率の上昇は転職率の低下、ひいては、転職目的の人々の移動低下の原因にもなる。最後にこうした経済では、起業が起こりにくい。

 技術革新は人々の暮らしを便利にする。現在の生活をGAFAのなかった30年前と比較するとわかりやすい。しかし、こうした技術革新の担い手が一握りの大企業に集中すると、利潤が独占され、経済効率向上によってもたらされた果実が消費者に還元されなくなる。さらに、雇用が失われる。

 例えば、フェイスブックの全従業員は約6万人で同社の時価総額は現在約1兆ドル(110兆円)に達し、約1730万人の人口を抱えるオランダのGDP(9095億ドル)を上回る経済価値を生み出している。また格差が拡大し、経済全体で勝者独り占めが浸透する。1980年から2020年までの間に米国の全労働者の平均生産性は年1・7%上昇したのに対し、非管理職の平均実質賃金はほぼ横ばいで全く上がっていない。一方で、米国の上場企業の平均利潤率は約4%上昇している。さらに、平均賃金に対する平均利潤の比率は、80年には8%であったのに対し、20年には30%以上になっている(図2)。中長期的には、巨大ITの独占を放置すれば、投資や生産性上昇率、転職、労働移動、起業が減少していき、経済のダイナミズムが失われることになる。

 この傾向は、コロナ禍でより顕著になった。経済活動がコロナ以前の水準には戻らないなか、IT産業が莫大(ばくだい)な収益を上げる傍らで、多くの中小企業は苦境にあえいでいる。労働者のあいだで貧困問題がより深刻になった。

包括的な対処が必要

 構造的分離によってこれらの問題が解決できるのか。短期的には不可能だろう。中長期的にもGAFAなどの分離や分社化のみによって、技術革新による経済効率の向上と公正な競争を両立させるような自律的なメカニズムが確保され、経済のダイナミズムが生み出されるかどうかは疑わしい。マクロ的なダイナミクスは、むしろ雇用や所得の問題に属するように見える。これは失業政策や労働市場改革、ひいては、金融政策や財政政策で取り扱うべきではないか。

 巨大IT企業規制の難しさはこのあたりにありそうだ。ミクロ的な競争政策の視点から問題に取り組むと、雇用対策や弱者救済、経済のダイナミズムは焦点にはならない。しかし、GAFAほどの規模になると、マクロ的な影響を考えざるをえない。

 専門家でも意見が分かれるような経済政策の調整は、民主国家である以上、最終的には政治家の判断にゆだねるべきなのであろうか。それも実は問題がある。米国では、2年ごとに大統領選挙や連邦議会選挙があり、政策の効果を見極める時間を確保できない。選挙結果に左右されずに、長期の政策効果を見極めるためには、あるべき政策の理論的な支柱を構築する必要があり、その知見を提示するのが経済学の役割であるはずである。

 であれば、多岐にわたる争点を「競争政策」「雇用政策」「弱者救済政策」「産業政策」などのようにばらばらに意思決定するのではなく、「巨大IT企業規制」として包括的に中央集権的に対処していく仕組みが必要だろう。また、状況が常に変化するという性質上、政策介入・立案を随時、更新することが重要になる局面がどうしても出てくる。

(渡辺誠・アムステルダム大学教授)

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