国際・政治エコノミストリポート

日本では望み薄?コロナ禍にあえて「面倒」な選挙システムの導入に踏み切る米国の度量=中村美千代

ニューヨーク市長選挙の民主党予備選の投票所に掲示された選挙システムの説明書き
ニューヨーク市長選挙の民主党予備選の投票所に掲示された選挙システムの説明書き

ニューヨーク市長選 全米で広がる「優先順位付け投票」 死票減らし有権者の意思を反映=中村美千代

 9月29日投開票の自民党総裁選は、結果的に河野太郎氏、岸田文雄氏、高市早苗氏、野田聖子氏による4人の戦いとなったが、一時は石破茂氏も出馬に意欲を見せ、混戦も予想された。選挙は、候補者が増えれば増えるほど1人の候補者の得票数が少なくなり、過半数を得るのが難しくなる。いわゆる「死票」も増える。

 こうした既存の選挙システムの課題を解決するものとしていま注目されているのが、「優先順位付け投票」(Ranked Choice Voting、以下RCV)である。6月に実施された米ニューヨーク市長選挙の民主党予備選で、このRCVが初めて採用された。

 RCVとは一体どんなシステムなのか。

 投票者は候補者を1人だけ選ぶのではなく、候補者を選びたい順に「ランク付け」する。例えば、3人の候補者がいる場合、当選してほしい順に1位、2位、3位を選ぶ。1人の候補者が過半数の投票者から1位に選ばれた場合は、これまでの選挙制度と同じように、その候補者の当選が決定する。どの候補者も、過半数の投票者から1位に選ばれなかった場合に、このランク付けが機能することになる。

 まず、最も得票の少なかった候補者が除外されるが、除外された候補者を1位に選んだ人々の票は、死票にはならない。彼らが2位に選んでいた候補者に、この票が再分配されるからだ。再分配の結果、過半数に達した候補者が当選者になる。

ゴア惜敗が契機に

 現行の選挙制度では、主要候補が2人いる場合、第三の候補が出ることで票が割れ、片方の候補を利してしまう、という不公平が起こることがある。その象徴的な例が、共和党のブッシュと民主党のゴアが大接戦を演じた2000年の米大統領選だ。

 この選挙では、第三の候補として登場した緑の党のネーダーが、ゴアの票を吸い上げ、結果的にブッシュの当選に貢献した「スポイラー」(妨害候補者)として、当時批判された。得票率はブッシュ47・87%、ゴア48・38%、ネーダー2・74%。得票率ではゴアがブッシュを上回ったが、接戦のフロリダ州をブッシュが抑えたことで、獲得選挙人の人数はブッシュがゴアを271対266の僅差で上回り、結果的にブッシュが勝利した。

 だが、フロリダでのそれぞれの得票率を見てみると、ブッシュが48・85%、ゴアは48・84%で、その差わずか0・01%。一方、ネーダーの得票率は1・63%で、2人の得票率の差を大きく上回った。リベラル層に食い込んでいたネーダーが出馬せず、その票が同じリベラル派のゴアに回っていれば、ゴアがフロリダを押さえ、フロリダの選挙人25人を獲得し、当選していたはずだ。

 もしRCVが採用されていたとしたら、ネーダーを1位に選ぶ人たちの多くはおそらくゴアを2位に選んだであろうから、やはりゴアが大統領に当選したかもしれない。RCVは、第三の候補者に投票する人たちの意思が、現行の選挙制度よりも反映されやすい。だからいま、全米でRCV導入の動きが進んでいるのである。

サンフランシスコが先駆

 RCVは、1870年代にマサチューセッツ工科大学(MIT)のウェール教授によって考案された。米国以外にも、アイルランドでは大統領選挙、ロンドンでは市長選挙、オーストラリアでは下院議員選挙に既に採り入れられている。

 全米にRCVを導入しようと運動してきたのが、NPO(非営利団体)の「Center for Voting and Democracy」(後にFairVoteと改名)である。設立は1992年。本部はメリーランド州にある。設立時の代表は、80年に民主党のカーターと共和党のレーガンが争った大統領選に第三の候補として出馬し、6・6%の票を獲得して、ネーダーと同様に「スポイラー」と批判された故ジョン・アンダーソンだ。現在は全米各地に拠点を置き、地域レベルで運動を展開している。

 彼らの運動の結果、04年11月についにサンフランシスコ市でRCVを導入した市議会議員選挙が実施された。自治体の選挙としては全米初である。筆者は、この選挙を現地で取材した。

 サンフランシスコ市でいち早くRCV導入が決まった背景には、同市の独特な選挙事情がある。市議選(1人区)で当選するためには過半数を取らなければならず、11月にある1回目の選挙でどの候補者も過半数を取れなかった場合、12月に決選投票が行われる。毎回2度も選挙があるためにコストがかかるうえ、もともと低い投票率が2回目の選挙ではさらに低くなる。決選投票の前には、相手を口汚く攻撃するネガティブキャンペーンがひどくなっていた。

 FairVoteによると、RCVを導入した04年の市議選では、ネガティブキャンペーンが減ったという。ほかの候補者を支持する有権者にも、自分を少しでも高いランクに選んでもらう必要があるからだ。ライバルの候補者を攻撃して有権者全体の印象を悪くすれば、自分の首を絞めることになるわけだ。

 投票に訪れた人々にRCVの感想を聞いてみると「RCVは素晴らしいアイデアだ。いつも候補者を1人だけ選ぶのに苦労していた」という意見が多かった。米国の識者の中には「RCVこそが米国の民主主義を画期的に好転させる潜在力を持つ」との主張もあった。

重要なのは情報開示

ニューヨーク市長選挙の民主党予備選で当選したエリック・アダムズ氏(中央) Bloomberg
ニューヨーク市長選挙の民主党予備選で当選したエリック・アダムズ氏(中央) Bloomberg

 そして今年6月、ニューヨーク市長選挙の民主党予備選にRCVが採用された。だが、今回の選挙では、RCVは集計に時間がかかるという弱点もあらわになった。投票日は6月22日。だが、ブルックリン区長の元警察官エリック・アダムズ氏の当選確実が出たのは、なんと2週間後の7月6日だったのだ。

 開票が始まった6月22日には、有権者の「第1位」の票を集計した暫定結果しか出ておらず、この時点ではアダムズ氏が他候補をかなりリードしていた。しかし、最も票の少なかった候補が除外され、「2位」の票の再分配の作業が始まった6月29日にはアダムズ氏のリードが大幅に縮小し、アダムズ氏側が「不正があった」と主張するなど混乱が生じた。結果的にはアダムズ氏が、女性初のニューヨーク市長を目指した前ニューヨーク市衛生局長のキャスリン・ガルシア氏を抑え、得票率50・4%対49・6%の大接戦で制した。11月の本選でアダムズ氏が当選すれば、ニューヨーク市で2人目の黒人市長が誕生する。

 今回、開票に予想以上に時間がかかった原因について「ニューヨーク市の選挙管理委員会が、初のRCV実施にあたり、過度に慎重になり、集計結果の発表に時間をかけすぎたため」と分析するのは、FairVoteの共同設立者で現在はコンサルタントとして関わるスティーブン・ヒル氏だ。ヒル氏はEメールによる取材に「『RCVは非常に複雑で、集計に時間がかかる』と考える人がいるが間違いだ。実際はコンピューターで順位付けを集計するのでほとんど時間はかからない」と述べた。

 ニューヨーク市の選管は、大半の票が処理されるまで途中経過の発表をしなかったとみられる。このことが逆に人々の混乱を招いたのだろう。「今回のように拮抗(きっこう)した選挙戦では、途中経過をこまめに出さなければ、有権者は一体何が起こっているか分からない」とヒル氏は指摘する。

 実は、ニューヨーク市よりも先にRCVを導入したサンフランシスコ市やオークランド市でも同様のことが起こっている。

 例えば10年のオークランド市の市長選では、「第1位」の票で2位だった候補者が最終的に当選したが、途中経過が発表されなかったために、選挙の有効性を問題視する人々が現れた。この教訓から学んだオークランド市やサンフランシスコ市の選管は、投票日の夜からRCVの集計を開始し、途中経過を暫定結果として発表し、未処理の不在者投票の数もこまめに公表している。

 さらに進んでいるのが、サンフランシスコのベイエリアの選管だ。有権者がランキングを付けた匿名の投票用紙の画像を、デジタルデータとして全てインターネットに掲載。メディアや一般大衆が、投票用紙の画像を自分のコンピューターにダウンロードし、各自で結果を集計できる、という“究極の情報公開”を行っている。これだけしっかり情報公開がなされれば、誰も結果に疑問を抱かないだろう。

 ただ、ニューヨーク市が、新型コロナウイルスによる混乱のさなかに、これほど手間ひまのかかる選挙システムをあえて導入したことは、称賛に値する。まさに、米国社会の民主主義の力強さを感じる取り組みだ。

真の民主的な選挙とは

 日本でも特に自治体の首長選などでは、第三の候補が出て、主要候補の片方を利する結果が出るケースが少なくない。選挙が接戦になればなるほど怪文書が飛び交い、ネガティブキャンペーンが展開される。もし日本の選挙制度にRCVが導入されれば、今まで「どうせ自分が投票しても何も変わらない」と棄権していた人々が投票所に足を運び、投票率が伸びる可能性もある。

 総裁選の後には衆議院選挙が待ち受けている。野党は自民党に対抗するため、選挙区の候補の一本化を模索しているが、主義主張を曲げてまで他党と共闘することが、政治の、民主主義の、あるべき姿と言えるだろうか。

 RCVを採用すれば、候補者を一本化する必要がなくなる。各党がそれぞれ候補者を出しても、有権者がランク付けして票が再分配されるので、たとえ1位の票が取れなくても、2位など高いランクに選ばれれば、当選の可能性が出てくるからだ。

 日本で投票方法を変えるには、公職選挙法の改正が必要である。一朝一夕にはいかないが、有権者の意思をより反映できるRCVの導入の議論をそろそろ始めてもよいのではないだろうか。

(中村美千代・ジャーナリスト)

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