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「八丁味噌」の地元2社がブランドから除外 それでも貫く老舗の美学とは=加藤敬太

人の背丈よりも高い木桶に石を山のように積み上げて、中の味噌をじっくりと熟成させる まるや八丁味噌提供
人の背丈よりも高い木桶に石を山のように積み上げて、中の味噌をじっくりと熟成させる まるや八丁味噌提供

歴史や文化を守り抜く「老舗の美学」=加藤敬太

「八丁味噌」からみた経営戦略論

 愛知県岡崎市に日本で最も古い歴史を有する2軒の味噌(みそ)蔵がある。屋号が「カクキュー」の「合資会社八丁味噌」と、屋号が「まるや」の「株式会社まるや八丁味噌」である。両社はともに八丁味噌という味噌を近世の時代から連綿と造り続けてきた老舗である。岡崎市は、徳川家康公の生誕の城、岡崎城がある城下町である。この地は、旧東海道と1級河川の矢作川が交わる地でもあり、江戸時代には陸路と川船が交差する交通の要衝であった。

 2軒の味噌蔵は、岡崎城から旧東海道を西に下ること「八丁」の距離、現在の単位でいえば870メートルほど行ったあたりの旧八丁村(現岡崎市八帖町)に所在する。当時は旧東海道が矢作川に交わるちょうど手前の一帯、江戸時代の頃はとても交通の利便がよく、その地の利を生かして商売を興し、八丁味噌は全国各地に出荷されていた。明治期以後は2軒とも海外輸出を積極的に行ってきた。八丁味噌ファンは、江戸時代も明治維新後も、戦前も戦後も、そして令和の時代も、全国各地、世界中に存在する。

二夏二冬の長期熟成

 八丁味噌の特色は、八丁村で造られてきた味噌だからであることだけが理由ではない。2軒の老舗は江戸時代から続くとてもユニークな伝統製法を守り抜いている。6尺(約1・8メートル)もある杉の木桶(きおけ)に大豆を原料とした豆麹(まめこうじ)(味噌玉)を6トン仕込み、その上にピラミッド状に3トンの川石を積み上げ天然醸造する。その醸造期間は「二夏二冬」といわれる足掛け3年もの時間をかけて造る長期熟成の味噌である。味噌蔵に一歩足を踏み入れると、人の背丈よりも高い木桶と石積みの壮観さに毎度感動を覚える。

 八丁味噌という言葉は、この八丁村の地で息づく伝統文化を集約したシンボルであり、2軒だけによって数百年間、守られてきたものである。単純な名称やブランド名ではないのだ。

 私が八丁味噌のフィールド調査を始めたのは、2004年の夏である。学部の卒業論文の題材として最も古い味噌蔵を選んだ。その時のテーマは、企業の長期存続と経営戦略論であった。八丁味噌の2軒は長期存続の実績十分、私は素晴らしいフィールドに出会った。

 当時の経営戦略論の世界では、ユニークな独自資源の保有が他社との差別化を促進し、持続的競争優位性が担保できるとした資源ベーストビュー(リソース・ベースト・ビュー=RBV)という考え方がはやっていた。老舗企業の研究者も、その学説に倣って老舗たらしめる伝統資源の保有が長期存続につながるとした主張が多かった。

 しかし、時代の変革をも乗り越えてきた老舗にとって、伝統資源の保有だけで長期存続を担保できるほど単純なものではない。大切なのは、代々の時代を生きてきた人々が生み出してきた価値、背負う歴史と文化であり、老舗としての正統性を獲得し…

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