「水曜どうでしょう」で知られる地方局が企業ドメインを明確化する理由は=加藤敬太
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目指すべき将来像を言葉に託す
企業組織にとって、自らの存在意義を明確にすることは最も重要な命題だ。
かつて、米ハーバード大のレビット教授は1960年、『ハーバード・ビジネス・レビュー』に「マーケティング・マイオピア(近視眼)」という論文を発表し、50年代の米国の鉄道業界の衰退は、鉄道会社が鉄道ビジネスの本質を見誤ったからだと主張した。鉄道とは、車両を安全・安定に運行することは前提で、その本質は人やモノを目的地に届けることにある。もし鉄道会社が、自らの本質を「輸送業」ととらえてバス、トラックや航空に旅客と貨物の幅を広げていたら、ビジネスは衰退どころか急成長していただろう。
このように、企業組織にとってビジネスの本質を見据えた存在意義を明示的に打ち出し将来の成長や深化を目指すことに関して、経営戦略論では「企業ドメイン」という概念として議論されている。
企業ドメインを筆者なりに定義すれば「活動領域および将来の方向性を示すもの」となる。企業組織にとっての存在意義かつ志や想いを示したものであり、経営戦略を立てる際に最初に設定するべきことである。
ここで一つ指摘したいことは、企業ドメインを具体的な「言葉」として示す重要性である。私の最近の研究テーマである組織美学や組織文化論では、言葉がシンボリック・メディア(象徴媒介)となって、組織に関わる人々の行動を意味付け、経営活動を方向付けると考えられている。
肝心なことは言葉として明示化しなければ媒介にはなれないことだ。なぜなら、言葉は志や想いを投影する道具となり、さらに、その言葉の存在が持続的に経営活動を正統化する芯となるからだ。
北海道を強く意識
筆者は、8年ほど前から企業ドメインを研究テーマとして北海道テレビ放送(HTB、札幌市)の事例分析を行ってきた。
HTBの事業の核は、地上波のテレビ放送である。地方に所在するためキー局のネットワーク・ブランチとしての役割も担っている。全国の読者には、人気番組「水曜どうでしょう」を思い出す人がいるかもしれない。しかしHTBは、地上波だけではなく、さまざまなコンテンツを発信し続ける地域メディア企業として成長と深化をし続けている。その背景には、企業ドメインを言葉として表現し、環境変化に合わせて深化させてきた歴史があるのだ。
HTBのドメインの活動実践は、82年の「北海道テレビ信条」の制定に始まる。当時の若手・中堅社員たちがHTBのアイデンティティーとステーションイメージとは何か議論を戦わせた。全社員と取締役会のフィードバックを繰り返し、最終的にHTBを形づくる「言葉」として定めたものであった。
この信条は、「北海道テレビは、北海道の大自然に立ち 電波を通じ、人間のふれあいを大切にします」の一文で始まり、最後は「事業を活発にすすめ 道民が交流する広場をつくります」で締めくくられている。北海道と…
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