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東京・大阪ではなぜ医療逼迫が続くのか 「集約化」でコロナの高波を切り抜けたロンドンとの大きな違い=高久玲音

医療逼迫招いた患者の「分散」=高久玲音

集約で病床回転率上げたロンドン

 新型コロナウイルスのオミクロン株の感染拡大に伴う「まん延防止等重点措置」によって、飲食店は再びの時短営業を強いられ、小学校や保育園では休校・休園が相次いでいる。

 これまで、「まん延防止」をはじめとする私権制限の根拠と見なされてきたのは、いわゆる「医療の逼迫(ひっぱく)」である。日本人のコロナの致死率は欧米と比較して低く、医療の逼迫という問題がなければ、コロナ禍でも平穏に日常生活を送れたと考えるのが自然だろう。

 筆者はコロナの感染拡大当初から、東京都内の病院関係者が集まる会議に出席し、医療現場の生の声を聴く機会に恵まれてきた。また、東京都から第1波の頃の病院の財務状況のデータの解析依頼を受け、その結果を2021年の春に論文として発表した。そこで今回は、ここから得られた教訓を基に、確保病床の在り方について考えたい。

ゾーニングが現場を圧迫

 コロナ患者を病院で受け入れるに当たっては、たとえそれが1人であっても、施設内を感染リスクに応じて区分けする「ゾーニング」などの対応が求められる。必然的に「固定費」が高くなり、更に通常の医療が制限されることで、減収を余儀なくされる。補助金が整備されていなかった第1波の頃のデータを見ると、受け入れ患者数が非常に少ない病院でも、大きな減収を記録していた。

 平均的なコロナ受け入れ病院の減収幅は1床当たり月30万円程度。300床程度の病院であれば年間約11億円になる計算だ。更に、減収幅は、ゾーニングに向かない、ゾーニングのしにくい病院ほど大きくなる傾向がある。

 現場がコロナ対応に慣れてきたはずの第5波(21年6月下旬〜)の段階になっても、病院関係者からは「うちは3次救急も担っているが、施設が古くてゾーニングが難しく、通常医療とコロナ対応の両立に非常に苦慮している」という声を聞いた。

 ゾーニングのしやすさに病院間で大きな差があり、かつ通常医療との両立が現場の負担を強いる、という点を踏まえると、医療逼迫を防ぐためのより良い対応は「患者の集約化」であると考えられる。実際、東京の病院関係者の会議では「公的病院をコロナ専用にするべき」「臨時医療施設を作ってそこにスタッフを派遣したほうが効率的」という意見がつい最近まで聞かれた。

 集約的施設を稼働させるためには、スタッフの確保を含め前もって準備する必要があるが、日本の都市部では、対応が常に後手に回っている印象だ。例えば第5波では、政府のコロナ対策分科会の尾身茂会長が理事長を務める地域医療機能推進機構(JCHO)について、「コロナ対応の補助金を受け取りながら患者を受け入れていない幽霊病床」の問題が報道され、炎上したのを受け、JCHO傘下の東京城東病院がコロナ専用病院になったが、稼働したのは9月末で、その時点で既に第5波は収まっていた。

 ちなみに、コロナ患者の受け入れ病院の多くは10億円から20億円程度の補助金をもらっている。この補助金は「経営補填(ほてん)」という目的と「コロナ患者の受け入れインセンティブ」という目的が混在している点に問題がある。病院にしてみれば、補助金を受け取らなければ経営が立ち行かなくなるが、一般国民は後者を重視する。そのことが「炎上」という事態を招いた。例えば、感染拡大期には機械的に前年の報酬を保障した上で、診療報酬で患者受け入れに強いインセンティブを与えるなど、施策の目的を明確に整理すべきだった。更に、入院患者の滞留を防ぎベッドの回転率を上げるという観点から、コロナの診療報酬を「1入院包括払い」(治療内容や入院日数にかかわらず、疾患ごとにあらかじめ決められた一定額の報酬を払う方式)にしてしまうことも検討すべきだった。

地方は大病院に集中

 さて、コロナ患者の集約化は、実際にどの程度まで進んでいるのか。当初、オープンにされてこなかった病院ごとの確保病床数や受け入れ患者数が、「幽霊病床問題」報道後の「見える化」の流れの中で公開され始めたのを受け、筆者は早速、確保病床の集中度を測定することにした。

 使用したのは、市場占有の度合いを示す「ハーフィンダール指数」だ。自治体ごとに、各病院の地域内における確保病床シェアの2乗の和を算出する。一つの病院がすべての確保病床を持っている場合は10000(100%×100%)であり、多くの病院が少しずつ病床を持っている場合は0に近づくことになる。

 図は、22年1月5日時点の情報に基づくハーフィンダール指数である。地方では指数が大きくなる傾向がある一方、東京では126、大阪で97と、大都市で比較的小さくなっていることが分かる。

 地方では公的な大病院が点在しているケースが多く、コロナの受け入れ機関はほぼ自動的に決まる側面があるが、大都市には病院が多いため、「どこがコロナ対応を担い、どこが通常医療を担うのか」を決めることができなかったのだろう。結果として、全体的に多くの病院が少しずつコロナ患者を診ることになったわけだが、感染症の特徴を考えると、ただ現場の負担を増やすだけになった可能性がある。

 興味深いのは、日本よりもはるかに高い波を経験したロンドンだ。指数は539で、日本の地方都市に近い。ロンドンでは、第3波の重症者数が東京の第5波の4倍にのぼったが、人工心肺装置「ECMO(エクモ)」や人工呼吸器を扱える大病院に患者を集中させて病床の回転率を高めることで、つまり、日本の地方都市で自然になされているような患者の分担を大都市で実践することで、大きな波を乗り切ったのである。

 なお、これはあくまでもデルタ株までを想定した検証だ。オミクロン株は重症化リスクが比較的小さく、どの医療機関でも対応できると考えられる。現状の医療の逼迫についても、もともと日本の医療は毎年冬に逼迫しており、例年の逼迫がコロナを通して報道されるようになった側面もある。また、将来的に季節性インフルエンザと同等程度に弱毒化すれば、当然のことだが特別な対応も必要なくなるだろう。

 ただ、少なくともデルタ株までの取り組みを振り返る限り、医療人材を動かして患者を集約化することで医療提供体制を強化できた可能性が高い。24年度からの第8次医療計画には感染症対策も盛り込まれることになっており、各都道府県で将来に向けた振り返りの機会を持つ必要があるだろう。

(高久玲音・一橋大学大学院経済学研究科准教授)


 ■人物略歴

高久玲音(たかく・れお)

 1984年神奈川県出身。2007年慶応義塾大学商学部卒業、15年同大学大学院で商学博士号取得。日本経済研究センター研究員、医療経済研究機構主任研究員を経て、19年から現職。専門は医療経済学、家族の経済学、応用ミクロ計量経済学。


 本欄は、松島法明(大阪大学教授)、加藤敬太(埼玉大学大学院准教授)、高久玲音(一橋大学准教授)、加藤木綿美(明治学院大学准教授)、伊藤真利子(平成国際大学准教授)の5氏が交代で執筆します。

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