品種改良が加速する「ゲノム編集食品」は食糧安保の救世主となるか=具志堅浩二
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食糧安保の救世主 品種改良加速で新たな価値も付加 「ゲノム編集食品」は定着するか=具志堅浩二
ゲノム編集食品とは、一体どういうものなのだろうか。実際に味わってみたいと思い、ゲノム編集によって可食部を約1・2倍(最大1・6倍)に増やしたというマダイ「22世紀鯛」の昆布締めセットを、インターネットを通じて購入してみた。
届いた商品の箱を開けると、昆布の上に並べられた白い切り身が現れる。切り身は全部で12枚。値段は税込み3000円とお高めだが、新しく世の中に登場してまもない商品なので、やむを得ない。
DNAの一部を切除
切り身を箸でつまみ上げ、刺し身しょうゆをつけて口に入れる。マダイ特有のうまみが舌の上にパッと広がった。歯応えは少々柔らかく、一緒に試食した家族は「果汁グミのよう」と表現した。それ以外は店で買うマダイと変わらぬうまさだ。
改めて商品の箱を見ると、ゲノム編集で生まれた新しい品種であることが明確にうたわれている。
「ゲノム編集食品であることを確実に表示して、その上で価値を感じて、ご購入いただける形を目指しています」と話すのは、この可食部増量マダイを手掛けるリージョナルフィッシュ(京都市)社長の梅川忠典氏。同社は、京都大学大学院農学研究科の木下政人准教授、近畿大学水産研究所の家戸敬太郎教授らの研究成果を軸に、ゲノム編集食品や陸上養殖関連の事業を展開する。
まずゲノム編集について簡単に説明したい。
ゲノムとは、DNA(デオキシリボ核酸)内のすべての遺伝情報を指す。ゲノム編集は、このDNAの一部を切除して突然変異を起こす技術だ。可食部増量マダイの場合、筋肉の増加や成長を抑制するミオスタチン遺伝子の一部を切除し、働かなくさせた。なお、切除の上、別の生物の遺伝子を組み込む場合は「遺伝子組み換え」とされ、区別されている。
ゲノム編集は、品種改良の新技術として期待されている。選抜育種法という、優れた形や性質を持つ個体同士の掛け合わせを繰り返す従来の手法と違い、ゲノム編集なら特定機能をつかさどる遺伝子を狙って切除できるため、品種改良にかかる時間を大幅に削減できるという。
日本において、ゲノム編集食品は厚生労働省や農林水産省などへの事前相談、そして届け出を経て世に登場する。事前相談では、食品や飼料としての安全性や生態系への影響などの資料提供が事業者側に求められる。厚労省の担当者によると、「事前相談は届け出に該当するのか、遺伝子組み換えに該当するのかを判断する場なので、かなり詳しい資料の提出を求めている」とのこと。遺伝子組み換えと判断された場合、安全性審査という別のプロセスが必要となる。この事前相談時のやり取りにかなり時間がかかるようで、リージョナルフィッシュの場合は約1年半を要したという。
可食部増量マダイの届け出完了は、2021年9月。水産物の届け出完了は、国内初だった。さらに翌10月には、食欲を抑える遺伝子を切除して従来の約2倍の早さで成長する高成長トラフグ「22世紀ふぐ」の届け出も完了した。いずれも自社サイトで通販を行っている。梅川氏は「これといったクレームもなく、良い滑り出し」と緒戦の手応えを口にした。
マダイ、トラフグとも、京都府宮津市にある自社の陸上養殖施設で養殖している。問い合わせも多数あるが、現時点で他業者への稚魚の提供は行っていない。梅川氏は「ゲノム編集魚であることを表示して販売される仕組みを作らないと難しい」と課題を挙げる。
さらなる品種拡大も検討中。卵から成魚に育てて、その成魚の卵をまた育てる、という完全養殖が実現済みの魚種なら候補に入るという。梅川氏は「スマート養殖のような最新技術と掛け合わせて、水産業を成長産業にしていきたい」と意気込んだ。
GABAが4~5倍
20年12月に、国内で初めてゲノム編集食品のトマト「シシリアンルージュハイギャバ」の届け出を完了したのは、筑波大発ベンチャーのサナテックシード(東京都港区)だ。ゲノム編集により血圧上昇を抑える作用を持つGABA(ギャバ)の生成を促進し、その量を通常の4~5倍に増やした。
モニ…
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週刊エコノミスト
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