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GoToトラベルの再開で期待できる経済効果は=鈴木雄大郎

まん延防止等重点措置が解除された京都の観光地・嵐山を散策する観光客(3月22日)
まん延防止等重点措置が解除された京都の観光地・嵐山を散策する観光客(3月22日)

旅行需要の回復 GoToトラベル再開なら 経済効果は前回超える4兆円=鈴木雄大郎

 2021年の年の観光業は、20年に続き新型コロナウイルスに翻弄された1年だった。「GoToトラベルキャンペーン」は再開のめどが立たず、結果的に旅行需要はコロナショック前を大幅に下回る状況が続いた。

 22年はオミクロン株の急拡大によって厳しい滑り出しになった。当初は1月ないしは2月からGoToトラベルの再開が検討されていたが、斉藤鉄夫国土交通相は1月7日の記者会見で1月中の再開を見送る方針を明らかにした。

 足元ではオミクロン株の新規感染者数がピークアウトし、3月12日には岸田文雄首相がGoToトラベルについて「適切な時期が来れば迅速に再開できるよう、準備は進めていきたい」と発言した。そして、まん延防止等重点措置は3月22日に全面解除され、居住する都道府県内の旅行(都道府県単位)を助成対象としていた「県民割」は、4月から関東や近畿など地方ブロック単位に拡大された。こうした動きからも、全国を対象とするGoToトラベル再開の機運が高まっている。

 はじめにコロナショックが観光需要に与えた影響を確認しておこう。20年以降の観光関連業種の動向を、経済産業省発表の「第3次産業活動指数」で見たものが図1である。いずれの業種も1回目の緊急事態宣言が全国に発出された20年4~5月にかつてないほど落ち込んだ。

 その後は緊急事態宣言の全面解除やGoToトラベルの開始によって需要は回復に向かった。「旅館」や旅行代理店が含まれる「国内旅行」の指数は20年11月におおむね感染拡大前の水準まで回復した。

 他方、「ホテル」はピーク時でもショック前の7割程度までしか戻らなかった。インバウンド需要の消失や、テレワークなどの普及による出張需要の回復が鈍かったことが要因として考えられる。「鉄道」や「国内航空」の需要も回復が鈍く、それぞれ感染拡大前の7割、5割程度で低迷した。こちらは感染を警戒し、公共交通機関を利用した長距離の移動を伴う旅行が避けられたことなどが背景にある。

 21年前半はいずれの業種も低迷したが、感染状況が落ち着いた21年10月以降は急速に持ち直した。しかし、22年1月にはオミクロン株の急速な拡大やまん延防止等重点措置の適用を受け急落した。

 観光庁の「旅行・観光消費動向調査」で旅行者の行動の変化を見ると、観光・レクリエーション目的の旅行で主に利用する交通機関(最長交通機関)が新幹線である割合は19年下期の9・8%から6・9%へ、航空は6・4%から3・7%へと低下した。一方で自家用車は54・3%から68・9%へと大幅に上昇した。また、レンタカーの需要は20年11月に感染拡大前まで回復した。

 宿泊日数も短くなった。19年下期で全体の58・0%を占めていた1泊の旅行は20年下期に70・5%へと上昇した。さらに、パック・団体旅行の割合が低下し、個人旅行の割合が上昇した。このように、キャンペーン期間中の需要回復の中心は小規模・短期型の旅行であったことが統計から見て取れる。

平日利用を優遇

 観光庁によると、キャンペーン期間中に少なくとも延べ8781万人分の宿泊利用があったという。予算の利用額は約5400億円に上り、これを基に大和総研で試算すると経済効果は1兆5000億円程度であったとみられる。

 キャンペーンが再開された場合、前回の問題点を踏まえて制度が一部見直される予定だ。観光庁は21年11月19日に制度概要を公表したが、これをまとめたものが表である。本稿執筆の3月25日時点では実施期間についての発表はされていないものの、期間ごとに割引率などが段階的に引き下げられる見込みだ。21年11月時点では開始後からゴールデンウイークまでとゴールデンウイーク明けから夏休み前までの期間で分けられていたが、再開が遅れたため、当社ではそれぞれ、ゴールデンウイーク明けから夏休み前まで(前半期間)と夏休み明けから11月まで(後半期間)に後ろ倒しされると予想している。

 前半期間は前回と比べ、割引額の上限は1泊当たり1万4000円だったのが、交通機関とのセットは1万円、宿泊のみは7000円、日帰りの場合は7000円が3000円にそれぞれ引き下げられ、割引率も旅行代金の35%だったのが30%に引き下げられる。地域共通クーポンも旅行代金の15%から平日は1泊当たり3000円、休日は同1000円に変更される。

 観光庁によると、割引額の上限や割引率の引き下げ、地域共通クーポンの定額化は中小事業者に配慮したという。このうち、地域共通クーポンの定額化は低価格帯の需要回復に一定の効果があるとみられる。

 例えば宿泊料が1万円のホテルに泊まる場合、休日に関しては、前回と付与額は大きく変わらないものの、平日の場合は実質的な割引率が高まることになる。価格が低い所に泊まるほど、消費者にとってお得感が強い制度であるため、平日の低価格帯で需要が増えることが予想される。

 GoToトラベルが再開された場合、その経済効果はどれくらいあるのだろうか。内閣府の資料によると、事業関連予算総額のうち、未執行分は21年11月時点で約1兆3000億円に上る。この全額が旅行代金の助成に充てられた場合、GDP(国内総生産)ベースの経済効果は直接効果(キャンペーンの利用額と利用者の自己負担分の合計)が3兆2000億円、波及効果も含めると4兆円という試算結果が得られた(図2)。

 この試算は19年の国内旅行者の平均消費額を前提に作成した。後半期間は割引率の上限が引き下げられる予定だが、ここでは割引率が30%のケースで計算している。

 ただし、ここで示した試算結果は予算額に対してどの程度の経済効果がもたらされるのかを示したものであり、キャンペーンがなくても行われていただろう旅行支出の代替分が含まれている。そのため実際の個人消費の純粋な押し上げ効果は試算結果よりも小さくなる可能性がある点には留意が必要である。

 前回の利用状況を踏まえると、再開後は延べ2・2億人分の宿泊需要の創出が見込まれる。東京発着の旅行が助成対象に加わり、地域共通クーポンも開始された20年10~11月と同様のペースで予算(約1兆3000億円)を消化すると想定すると、9・4カ月間キャンペーンを継続することができる。約5カ月実施された前回と比べ予算は2倍以上残っており、再開することができれば前回以上に旅行需要の回復を後押ししよう。

 20年のGoToトラベル実施期間中の旅行需要を都道府県別に確認すると、茨城、栃木、群馬、山梨、奈良、佐賀など大都市近郊で明確に回復が見られた。

 他方、空路が大都市からの主要な訪問手段である北海道や沖縄に加え、大都市から長距離の移動を伴う地域である青森、岩手、秋田、鳥取、四国4県、鹿児島などは県外からの宿泊客の戻りが鈍い傾向にあった。マイカーなどを利用した旅行に需要がシフトしたことで、需要回復に地域差が生じた。

 先行きについて、感染リスクが高止まりしている間はこうした近場の旅行の方が相対的に需要が回復しやすいだろう。一方、旅行者のマインドが改善すれば、幅広い地域で需要が回復する可能性もある。むしろ、20~21年に長距離の移動を伴う地域への旅行を避けていた人々が「リベンジ消費」として、こうした地域を旅行先として選択することも考えられよう。

どうする停止基準

 GoToトラベルの再開に当たっては以下の視点が求められよう。まず、前回の経験を生かし、感染再拡大時に一時停止する際の基準をあらかじめ設けるべきだ。20年9月に有識者会議が、感染状況が「ステージ3」相当となった地域はキャンペーンを停止することを提言したものの、政府はこれに応じずに現場が混乱した。観光庁は「専門家の意見を踏まえて詳細を決定する」としているが、本稿執筆時点では明らかになっていない。

 次に、制度の終了に向けてソフトランディングを図ることが必要だ。キャンペーンは経済効果が大きい分、制度終了後に需要が急減することが懸念される。後半期間は同キャンペーンを国ではなく都道府県による事業とし、上限はそれぞれの地域で設定する。需要の平準化を図るためにも各地域には、その時の需要動向を見極めたうえで、柔軟に割引率などを設定することなどが求められよう。

 観光業は成長戦略の柱であり、地方創生の切り札として期待されてきた。人口減少が加速する地域において、地域や地域の人々と多様に関わる者を示す「関係人口」を増加させるきっかけにもなってきた。観光需要は宿泊施設や土産物屋のみならず、飲食関連、交通関連などその地域の経済にさまざまな好循環をもたらした。GoToトラベルを契機として観光業界が再び盛り上がることを期待したい。そしてキャンペーンを一時的な観光ブームとすることなく、持続的な需要につなげていくことも各地域に求められるだろう。

(鈴木雄大郎・大和総研エコノミスト)

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