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国際・政治 エコノミストリポート

韓国大統領選で当選した尹錫悦氏の勝因と重すぎる課題=木宮正史

第20代韓国大統領に選ばれた尹錫悦氏 Bloomberg
第20代韓国大統領に選ばれた尹錫悦氏 Bloomberg

韓国大統領選で政権交代 若年男性の支持得た尹錫悦氏 米中の間で問われる政治手腕=木宮正史

落選した李在明氏には、文在寅政権の不動産政策などの失策が響いた Bloomberg
落選した李在明氏には、文在寅政権の不動産政策などの失策が響いた Bloomberg

 2022年3月9日に投開票された第20代韓国大統領選挙は、開票率が98%になって初めて当確が出るという、まれに見る大接戦であった。保守系の最大野党「国民の力」の尹錫悦(ユンソンニョル)前検事総長(61)が48・56%の票を集め、得票率47・83%だった進歩系の与党「共に民主党」の李在明(イジェミョン)前京畿(キョンギ)道知事(57)を、わずか0・73ポイントの得票率で抑えて当選した。これを受け、進歩リベラルから保守への政権交代が行われることになる。

 5年にわたり続いた文在寅(ムンジェイン)政権は、政権末期の現在でも4割前後の高い支持率を誇る、歴代政権の中では異例な政権であった。新型コロナウイルス対策では「K防疫」を掲げて感染抑制に取り組むなど、ある時期までは有効に対応していたことなどが評価された。

 しかし、与野党の「政権交代」を望む有権者が過半数を占めたのも厳然たる事実だ。その理由としては、第一に、文政権が掲げた「韓半島(朝鮮半島)平和プロセス」の挫折である。文政権は2018年、自らが仲介役を果たして南北・米朝首脳会談を開催。北朝鮮の非核化を巡る米朝交渉を軌道に乗せるのにいったんは成功したかに見えたが、19年以降は成果を持続させられず、また大統領選直前の北朝鮮による度重なるミサイル発射とも相まって、李氏にとっては不利な材料となった。

 第二に、不動産政策の失敗である。政府規制に重点を置いた政策が住宅の供給不足を招き、不動産価格の高騰や不動産関連の増税をもたらした結果、住宅の所有いかんを問わず、ソウル首都圏の住民などに不満が高まった。京畿道に関しては知事であった李氏が得票で優位を占めたが、ソウルは野党の尹氏が得票で優位を占め、これが選挙の勝敗を決定づけた(図)。

 李氏は文政権支持層に頼るだけでは勝てないために、「政治交代」を掲げることで文政権との差別化も図らざるを得なかった。しかし、結果として与党候補が勝てなかったことは、過半数の有権者が文政権に合格点を付けなかったことを意味する。

司法試験に9回落ち

 尹氏は検察の特捜畑を歩んだ検事であり、検事総長を辞職してからわずか1年余りで大統領に当選した。大学教授の息子として名門ソウル大法学部を卒業し、エリート街道をまっしぐらに進んできたようにも思われるが、そうではない。実は司法試験で9回の不合格を経て合格した苦労人である。

 文政権の「検察改革」のために異例の抜てきによって検事総長に就任したが、文政権の政治介入に対して検察の組織防衛のために体を張って抵抗した結果、検事総長を辞職せざるを得なかった過去もある。検事総長当時から、保守陣営には大統領候補にどうかという待望論もあり、それに乗って大統領にまで上り詰めた。

 党内部に堅固な支持基盤があるわけではなく、また当初は党をまとめきれず、昨年末には支持率も急落した。しかし、それを克服し、20~30歳代に高い人気を誇る「国民の力」の李俊錫(イジュンソク)党代表と「二人三脚」で選挙戦を展開したうえ、投票日直前には中道野党「国民の党」から出馬した安哲秀(アンチョルス)氏との候補一本化も成し遂げた。

 具体的には、(1)進歩勢力の圧倒的に厚い支持基盤である全羅(チョルラ)道以外の地域における保守の相対的に厚い支持基盤、(2)文政権の不動産政策の失敗に起因したソウル首都圏における野党支持の増大、(3)60歳代以上の厚い保守の支持基盤に加えて、20~30歳代の若年層の支持を獲得することで、進歩与党を支持する40~50歳代を包囲する「世代包囲」戦略──によって多数派を形成しようとした。

 だが、戦略の成果は限定的なものであった。前回17年の大統領選で、進歩支持が多数を占めた20~30歳代の支持を相対的に保守に向かわせることには成功した(表)。兵役義務の負担を抱えて就職などでも女性に比べて不利だという自意識を持つ男性有権者の支持は多く獲得できたが、逆に女性の支持を進歩陣営に向かわせることになり、男女を合わせた全体の得票率にはそれほどの差はなかった。

米韓同盟強化の姿勢

 次期大統領となる尹氏は、政治経験がなく政治家としての能力は未知数だ。経済政策に関しては、政府の介入を抑制し、市場や企業の自律性に任せる政策運営をすることが予想される。文政権が規制強化によって不動産政策の失敗を招いたこともあり、政府主導の経済運営に対する反動が見られるだろう。ただし、民間に任せても安価な住宅供給が続く保証はない。政府と民間の役割をミックスした、針の穴を通すような政策が要求されることは言うまでもない。

 就任早々、困難な課題に直面せざるを得ないのが外交分野である。尹氏は選挙戦で、北朝鮮や中国の軍事的脅威を意識して、「北朝鮮のミサイルを迎撃できないのだから、先制攻撃能力を持つべき」「中国との間での3不政策」はおかしい、と主張した。3不政策とは、(1)THAAD(終末高高度防衛)ミサイルの追加配備をしない、(2)米国の対中ミサイル防衛網には加わらない、(3)日米韓3国の軍事同盟には加わらない──ことを指しており、これらを見直して米韓同盟の強化にさらに一歩踏み込む考えを示している。

 韓国にとって米国との同盟関係はあくまで北朝鮮を念頭に置いたものだが、米中対立の激化を反映して、中国への対応をどこまで念頭に置くべきかという問題にも直面している。中国は韓国最大の貿易相手国で、北朝鮮の挑発抑止への期待もあって、韓国の歴代政権は中韓関係には神経を使ってきた。米中対立が激しくなっても、韓国がそれに積極的に関与することには慎重だったが、尹氏は「米国との核共有の可能性も考えるべきだ」とまで発言している。

 新政権は22年5月10日に出帆するが、発足までの約2カ月で、政権の具体的な構想をどの程度集約できるかが問われる。そして、2年後の24年4月に予定される次の総選挙までは、国会議席の約6割を進歩野党勢力が占める「与小野大」のねじれ状態が続くため、尹氏は野党との「協治(ヒョプチ)(統治協力)」を模索せざるを得ない。野党との関係をどのように構築するのか、その政治的手腕が問われる。

 次に、外交に関しては、国際政治のリアルな認識に基づき、韓国にとって有効な政策を展開できるのかである。核ミサイル開発にまい進する北朝鮮を、韓国の主導する平和共存の枠組みに組み込むことが重要な課題であることには変わりがない。このため、同盟国米国をはじめ、中国、日本、ロシアなど周辺大国の協力は欠かせない。

日韓関係改善に前向き

 しかし、米中対立は深刻さを増し、同盟国米国と最大の貿易相手国中国との間で、ある種の「股裂き」状況に追い込まれる。さらにロシアのウクライナ侵攻もあり、結局は「日米韓対朝中露」という、冷戦期をほうふつとさせるような対立構図に回帰してしまうのではないかという、不安や諦念を韓国社会に抱かせることにもなる。これでは韓国外交の基礎が崩されることにもつながりかねない。

 尹政権は、文政権よりも米韓同盟の強化に軸足を移すことが予想されるが、それは南北関係、中韓関係にも少なからぬ摩擦をもたらすことになる。北朝鮮や中国との摩擦を最小限に抑えながら、米韓同盟をいかに強化していくのか、難しいかじ取りが迫られる。

 最後に日本との関係である。尹氏は選挙戦中から、李氏に比べると日韓関係の改善に前向きな発言をしてきた。日本政府から見ても尹氏への期待が高いことはうかがわれる。また、日米韓の安全保障協力を重視し、対北朝鮮政策や米中対立への対応に関して日本の立場に接近することも、関係改善に向けた力となるだろう。

 しかし、慰安婦問題や徴用工問題などに関して、日本政府や企業の責任を問う韓国の司法判断と、1965年の日韓請求権協定や15年の慰安婦合意など、日韓政府間の約束の順守を求める日本政府との間で、尹氏がどのような解法を提示するのか。韓国の国内世論と対日関係の両立を模索しなければならない。

 そして、これは韓国政府だけの力でできることではない。岸田文雄政権は「日本は一切何もしない」という従来の立場に固執するのではなく、尹氏が合理的な提案をしてきた場合には、協議に応じることも必要になろう。日韓両政府がどのように国内世論を説得するかも含め、関係改善の鍵は双方にあることを強調しておきたい。

(木宮正史・東京大学大学院教授)

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