「人的資本経営」ブームに乗った人事管理には注意=江夏幾多郎
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「人材も資産」が根付かない日本=江夏幾多郎
「人的資本経営」という考え方が、近年広く取り沙汰されている。人的資本という概念の起源は、アダム・スミスの『国富論』にあるとされるが、20世紀後半にはゲーリー・ベッカーなどの経済学者によって「労働者の生産性や賃金の背景にある、教育や職業訓練等によって培われる個人特性」として概念化された。一般的には、そうした概念を応用する形で、人材を雇用する企業によって開発・活用されるべき、企業経営に資する人材の経験・能力・意欲という形で理解されている。
関心の高まりに寄与したものの一つが、2020年に経済産業省が公表した、伊藤邦雄一橋大学特任教授(当時)を座長とする研究会での審議をまとめた報告書、いわゆる「人材版伊藤リポート」だろう。
同報告書では、企業価値を持続的に向上させるため、以下のような人材戦略指針が示されている。
「企業価値に対する非財務的な無形資産の果たす役割が大きくなる中、人材を無形資産の代表である人的資本として捉え直し、その価値を可視化し、高めるために企業が投資すべき」「国内外の機関投資家の関心が強いESG(環境・社会・企業統治)投資という観点から、人的資本投資を企業による社会(S)へのポジティブな影響として捉えるべき」「従業員や投資家との対話のため、企業が人材戦略や人的資本投資の実態を『見える化』し、発信すべき」
こうした一連の「人的資本経営」を機動的に行うため、その担い手を人事部門から経営陣・取締役会に移行させることも提起されている。
18年に国際標準化機構(ISO)が定めた「ヒューマンリソースマネジメント──内部及び外部人的資本報告の指針」(ISO30414)の影響も大きい。ここでは人的資本を「組織の最も重要な経営資源およびリスクの一つ」と位置付け、社内外のステークホルダーに対して表にあるような11項目を客観的に示すことを求めている。
「客観的に示す」とは、数値化することだ。例えば2の「コスト」については「人件費および採用・離職にかかった費用」、5の「組織文化」については「従業員のエンゲージメントや満足度などの従業員調査のスコア」、10の「サクセッションプラン」については「企業の重要ポジションの候補者の人数や育成状況」が例示されている。日本でも、このような情報開示の義務づけに向けた動きが政府や証券取引所によって進められている。
好循環生む投資具体化
人的資本やその投資については、「情報開示→ステークホルダーからのフィードバック→質向上→情報開示」という好循環を生み出すことが企業には期待される。ただし、ISO30414は、人…
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週刊エコノミスト
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