テクノロジー 日欧が共同開発
東北大がロボットを使った高齢者の生活助言システム=稲留正英
ロボットが健康維持をアドバイス
一人暮らしの高齢者が急増する中、ICTとAI技術を使い、健康を維持・増進するシステムの開発が日欧で進んでいる。
日本と欧州が連携して、高齢者が心身両面から健康を維持できるよう、ICT(情報通信技術)を活用した助言システムの開発を進めている。各種のセンサーを通じて、高齢者の体調や気分をモニターし、AI(人工知能)を活用した小型ロボットとの対話を通じて、適度な運動や健康的な食事の摂取などを勧め、健康維持・増進を促す。日本と欧州では高齢化が急速に進んでいる。高齢者一人一人に適したアドバイスをすることで、認知症による社会的コストの増大を抑える狙いもある。
プロジェクト名は「e-VITA(EU-Japan Virtual Coach for Smart Ageing:スマートエイジングを目指す仮想コーチングシステム)」だ。欧州委員会の研究支援プログラム「Horizon2020」(プロジェクト番号:101016453)と日本の総務省(同:JPJ000595)によって助成され、昨年1月からプロジェクトがスタートした。日本からは東北大学や産業技術総合研究所、早稲田大学、桜美林大学、芝浦工業大学、ミサワホームなど10の大学や企業、欧州からは、独ジーゲン大学、伊国立保健加齢研究所など独伊仏ベルギー4カ国の11の大学・研究機関が参加している。
AI使い個々人に最適化
プロジェクトの核となるのが、高齢者が自らの健康を管理することに寄与する「仮想コーチングシステム」の開発だ。システムは大きく、(1)体の状態を測るウエアラブルセンサー、部屋の気温や湿度などを測る環境センサー、ユーザーと対話するロボット、(2)自然言語による会話システム、(3)AIを使ったスマートリビング、対話システム──からなる。
システムから得られたデータを、欧州委員会が開発したデータの利活用プラットフォーム「FIWARE(ファイウエア)」に統合する。そのデータは、インターネット上の巨大なデータベースである「知識グラフ」に蓄積・参照され、個人個人に合ったアドバイスを生成、それをロボットやスマートフォンなどでユーザーにフィードバックする仕組みだ。
例えば、高齢者の日々の体調や気分をモニターし、対話型のロボットが「今日は天気が良いので、夕方、少し散歩に出掛けませんか」などのアドバイスをしたり、テレビやスマホと連動させ、適切な運動プログラムや健康に良い料理のレシピなどを映し出したりする。日本側の代表機関として開発を担当する東北大学加齢医学研究所のオガワ淑水助教は、「押しつけがましくなく、さりげないアドバイスを目指している」と説明する。
ユーザーの対象年齢は、65歳から75歳程度を想定している。宮城県仙台の東北大学、東京の桜美林大学の2カ所に、自宅のリビングを再現した研究施設(リビングラボ)を作り、実際に高齢者にシステムを使ってもらい、使い勝手を検証してきた。
ラボにはカーペットを敷き、ソファやテレビも置いてあり、高齢者に数時間滞在してもらえる環境になっている。人と同じサイズのアンドロイド、小型の人型ロボット、三次元のCGキャラクターを表示するロボット、ダルマ型のロボットの4種類のロボットが置いてあり、高齢者は、表情や身振り手振りで、自然なコミュニケーションをとることが可能だ。コーチングシステムは、スマートホームなど高齢者には使い方が難しいデジタル機器の操作を助ける役割も期待されている。
高齢者の体調は、指輪型のセンサーで心拍数、体温、呼吸などをモニターするほか、必要に応じて額に装着するセンサーで、脳の活動も見る。環境センサーでは室温・湿度を観測し、熱中症のリスクなどをチェックする。
仙台、東京、名古屋の計18世帯で試験中
6月からは仙台、東京、名古屋で各6カ所、計18の家庭で実際に仮想コーチングシステムを設置し、試験を行っている。家庭ではアンドロイド以外の三つの小型のロボットを使う。機能は基本的に同じだが、ダルマ型ロボットは、宗教的なコンテンツも持たせる予定だ。
欧州ではドイツ、イタリア、フランスの試験センターで、各6人ずつの被験者で研究している。日本のダルマ型ロボットの代わりに、キリスト教の聖書が内蔵されたロボットを用いる。日欧とも、年を重ねるごとに信仰心が高まる傾向があることに対応した。
開発後は民間に成果を公開
e-VITAと同様の高齢者向けサービスは、これまでも民間企業が提供しているが、高齢者のニーズに合わなかったり、使い方が複雑すぎるなどして、あまり普及していなかった。そのため、e-VITAではプロジェクト開始から最初の半年間、まず、ユーザーのニーズの調査に時間を費やした。さらに、システムの利用を定着させるため、ボランティアなどの人間のコーチも組織化する。電話や家庭への訪問を通じ、システムの使い方をサポート、支援する計画だ。
欧州のデータ利活用プラットフォームFIWAREを採用したのは、システムのグローバルな普及を念頭に置いたためだ。e-VITAの開発期間は3年間で、その後は、民間企業などに研究成果を公開する予定。FIWAREは国際標準規格であり、商用の仮想コーチングシステムを開発する民間企業は、e-VITAの成果をベースに、独自に機能をカスタマイズしたり、アップデートすることが容易になる。
e-VITAは認知症の発症リスクの低減で大きな効果が期待されている。認知症患者は日本全体で500万人、予備軍の400万人を含めると、合計で900万人いると見られる。東北大学加齢医学研究所長の川島隆太教授は、「ゲームの『脳トレ』などで認知的な刺激を適切に行ったり、有酸素運動を行ったりすると認知機能を維持向上でき、認知症を予防できることが分かっている」と語る。e-VITAのプロジェクトの研究代表者である瀧靖之教授は、「認知症のリスクの一つに、生活習慣病、特に2型糖尿病(後天的な糖尿病)がある。そのため、食生活の改善も大事だ」と説明する。
しかし、少子高齢化で高齢者のケア人材が逼迫(ひっぱく)する中、すべての高齢者に人を介したアドバイスを提供するのは難しい。そこで、ICTやAIを使ったシステムを作ることで、全体的なコストを抑えながら、一人一人に合ったアドバイスを継続的に可能にする狙いがある。
独フラウンホーファー研究機構の元日本代表で、東北大学側で欧州大学・機関との調整役を務めたロレンツ・グランラート博士は、「e-VITAはドイツのインダストリー4.0、日本のソサエティー5.0における『デジタルヘルス/デジタルエイジング』技術を応用したプロジェクトとなる」と説明している。
(稲留正英・編集部)