起業には「自分ならできる」と認知する“場”が必要だ=藤原雅俊
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期待高まるスタートアップ企業=藤原雅俊
起業家の多彩な事業アイデアの着想過程に迫ることは、スタートアップ振興の機運を一過性の流行熱に終わらせないための重要な論点となる。
自己効力感を醸成する重要性
スタートアップ企業への期待が高まっている。今年3月に経団連がスタートアップ躍進ビジョンを発表して話題となったことを覚えている読者も多いだろう。この提言を受け、6月に閣議決定された岸田文雄内閣の「骨太の方針」にもスタートアップ育成計画の策定が盛り込まれた。伝統的な大企業が経済成長のけん引力を失いつつあるといわれる日本で、スタートアップ企業が、産業社会を活性化させ、経済成長の新たなけん引役となる期待を一身に受けている。
大企業側にも変化が見られる。社内の知識や資源に頼りがちで自前主義が強すぎると批判されてきた彼らも、オープン・イノベーションという言葉が普及するにつれて視線を外に向け、他組織との協業を通じた価値創造に力を注ぎつつある。コーポレートベンチャーキャピタル(CVC)を設立してスタートアップ企業へ投資する事業会社も増えている。
事業会社によるCVC投資に加え、国内外のベンチャーキャピタル(VC)からの資金供給も増加傾向だ。そのため、スタートアップ企業の資金調達額は右肩上がりで推移している。関連情報の調査を行うINITIALによれば、2021年における国内スタートアップ企業の調達総額は7801億円で、19年の5847億円を大きく上回る。事後的に判明する情報も加味すると8500億円程度に達する見込みで、スタートアップ振興の機運は高まる一方だ。
柔らかい会話を契機に
スタートアップ企業の動向には筆者も強い関心を抱いている。今は季刊誌『一橋ビジネスレビュー』(東洋経済新報社)で起業家への取材記事を先輩研究者と共に連載している最中だ。彼らは年齢、業種、経験など実に多様な属性を持つが、一様に「何をやりたいのか」が極めて明瞭で、経営は何より意思であることを毎回教えてくれる。どの企業もまだ成長途上にあり今後について予断はできないが、その起業過程に関して記せば、次の2点が強く印象に残っている。
一つ目は、事業アイデアが生まれる過程についてである。その過程は実に多彩だ。起業前に属していた組織内でアイデアを見つける起業家もいれば、別の場所でアイデアに気付く起業家もいる。着想の仕方についても、社内業務を通じて知ることもあれば顧客側から持ち込まれることもあるし、社外における自らの顧客体験を通じて思いつく場合もある。世の中の大きな変化のうねりを体感してアイデアが刺激される場合もある。
多様な過程のうち、特筆すべきは、柔らかい会話の中からアイデアが生まれて事業機会が認知された事例についてである。各社に関する筆者の理解は以下の通りだ。
例えば、人工クモ糸の開発に始まって今は構造タンパク質素材の開発企業へと発展しているSpiber。07年に同社を興した関山和秀氏と菅原潤一氏は、ともに慶応義塾大の冨田勝研究室に所属する学生だった。彼らが人工クモ糸の可能性に魅せられたきっかけは、ゼミ合宿の懇親会で交わされた雑談にあった。それは数ある話題の一つに過ぎなかったが、二人は合宿明けの足で大学図書館に駆け込んで関連書籍をあさり、産業変革に挑む旅を始めたのである。
空飛ぶクルマの事業化を進めるSkyDriv…
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週刊エコノミスト
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