週刊エコノミスト Online学者が斬る・視点争点

経営戦略がいきいきするには人事部門の下支えが欠かせない=江夏幾多郎

 人事部門がなすべきことは、経営者や現場の管理者、従業員が人事管理の当事者として振る舞えるよう、必要な手を差し伸べることだ。

時には「戦略を人事に合わせる」必要=江夏幾多郎

 近年、「戦略人事」という考え方に関心が集まっている。この考え方を主張する一部の人々によると、従来の人事管理は、雇用・労務に関するさまざまな活動を定型的に行ってきた。しかし、定型業務の効率化に注力するだけの人事部門では、自動化や外部化が可能になる中、社内での存在意義がなくなる。そこで、人事部門が社内で確かな存在意義を確立するには、経営戦略を起点に、望ましい組織や従業員のあり方を適切に定義しなければならない。

 そうした理想状態を実現するためには、高業績につながる従業員の能力や意欲を高め、組織の構造や文化を刷新できる活動を行っていく必要がある。具体的には、経営資源の投入や人事諸施策の整備、あるいは従業員の再配置、などが挙げられる。こうした「戦略人事」の考えは、複雑な経営環境に直面する企業組織の経営の一翼を担う人事部門のあり方を、ある程度正確に表現している。

 しかし、経営の現状に即して人事面から適切に対処するには、こうした理解だけでは不十分である。「定型業務に注力」というと、従来の人事管理が極めて硬直的に行われてきたかのような印象だが、雇用する従業員の数を調整したり、事業再編に伴って異動を行ったりと、従来の人事管理もそれなりに環境適合的であった。ここでいう「環境」とは、人事管理にとっての外部条件で、経営者の意図や、その背景にある経営状況・経営方針も含まれる。

 労働市場や雇用・労働に関する法体系に変化があれば、企業の人事管理はそれに機敏に対応しなければならないのは言うまでもない。その意味では、今日の多くの企業が抱えるの問題の一つは、「人事を戦略に合わせない」ことではなく、「人事を戦略に合わせきれない」ことなのだろう。

選択肢を絞り込む

 経営戦略そのものは、その実現のために、どういう組織や従業員を要するかを明示しない。経営者もその点を明確にしないことも多い。経営の現場で物事が進んでいく理屈、そこにおける自社の強みや弱みを理解しながら、望ましい組織や従業員のあり方を人事部門が挑戦的・創造的に定義しなければならない領域なのだ。組織の動学や力学、求心力や遠心力への、しばしば体験に根ざした深い理解がないと、経営者や現場の管理者、従業員を納得させる人事管理は行えないだろう。

 そこで必要になるのは、選択肢を絞り込む力である。そもそも経営戦略を実現するための人事管理のあり方は一つではない。場合によっては「今までのやり方を大きく変えなくても対応できるのでは」と思えることもあるだろう。

 現状維持も含め、どういう人事管理上の意思決定が一番筋のいいものか、従業員個人や集団全体の能力や意欲の向上につながるのかを早期に見極める必要がある。やることを絞り込むというのがあらゆる戦略の要諦である。経営戦略の変更や登場に人事戦略を即応させるという、より本質的な意味での戦略性があってこそ、経営戦略は単なる青写真や理想像以上のものとなる。

 ここで注意すべきが、人事戦略は経営戦略に常に従属するものであってはいけない、ということである。

 特定の経営戦略が射程に置く時間は、おおむね数年、長くても10年程度であろう。人事管理は、こうした経営…

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