マーケット・金融

虚心坦懐に学ぶ 豪州中銀にあって日銀にはない「明確な政策意図と効果の説明」 河村小百合

中央銀行界でも一目置かれる存在であるRBAのロウ総裁 Bloomberg
中央銀行界でも一目置かれる存在であるRBAのロウ総裁 Bloomberg

 非常時の手段として中央銀行がとった市場金利の誘導やコントロール。しかし、日豪では大きな違いがあった。

 コロナ危機に直面した2020年3月、オーストラリア準備銀行(RBA)は、政策金利であるキャッシュ・レートを0・25%に引き下げ、いわゆる“ゼロ金利制約”が目前に迫るなか、初めて3年物豪国債金利にオーバーナイト(翌日)物であるキャッシュ・レートと同水準の0・25%のターゲットを設定した。RBAはこの政策を「イールド・ターゲット(YT)」政策と呼称している。

似て非なるYCC

 実はこの政策、わが国では表面的な見かけが似ている日銀の政策になぞらえて、「イールドカーブ・コントロール(YCC)政策」と呼ぶ向きもあるようだが、RBAの意図は全く異なる。だからこそRBAとしてもこの政策を導入する際、日銀と同じYCCという呼称はあえて用いず、YT政策と称したものとみられる。米連邦準備制度をはじめとする他の中央銀行からも、RBAのYTは日銀のYCCとは異なる金融政策運営の枠組みと評価されている。

 国際決済銀行(BIS)のグローバル金融システム委員会でも議長を務め、中央銀行界でも一目置かれる存在であるロウ総裁率いるRBAは、実はコロナ危機到来前の段階から、先々中央銀行としてオーバーナイト物の政策金利の引き下げ余地がなくなる“ゼロ金利制約”に直面した際、RBAとして取り得る政策オプションにはどのようなものがあり得るのか、丹念に検討していた。08年のリーマン・ショック以降の他の主要中銀が行った、非伝統的な手段による金融政策運営の効果と副作用、課題をつぶさに分析した結果を、総裁らのスピーチなどを通じて対外的に説明もしていた。

 当時、マイナス金利政策はすでに、中央銀行界では実務的には導入可能なものとなっていたが、その効果と副作用の双方に鑑み、RBAの評価はネガティブであったほか、中央銀行が国債などの債券を大規模に買い入れる量的緩和についても、中央銀行自らの財務運営が悪化したり、市場機能に与えるマイナス影響が大きくなり得ることをRBAは認識し、そのどちらも“ゼロ金利制約”に直面した際に採用する優先順位は低く位置付けられていた。コロナ危機に直面した20年3月、決して単なる“思いつき”ではなく、そうした検討の積み重ねの流れのなかで採用したのがYT政策だったのである。

政策金利の補強手段

 豪国債の3年物金利に、キャッシュ・レートと同じ0・25%の目標を設定し、債券買い入れを通じて誘導するというYT政策に、RBAは二つの意図を込めていた。

 (1)豪州における実体経済向けの貸出金利の大部分が、この3年物国債金利に連動しているため、ターゲットの設定によって、民間の貸出金利の低下による実体経済の回復を促すこと、(2)コロナ危機の当初は経済の低迷が長期化する可能性が見込まれていたなかで、RBAとして、実体経済の回復基調が明確になるまでは政策金利を超低水準で据え置くことをあらかじめ市場に約束する「フォワード・ガイダンス(FG)」を20年3月に初めて採用したが、その期間のめどを少なくとも3年間程度とみているRBAの見方を、3年物金利にもターゲットを設定することによって、「向こう3年間は心配せず低金利で資金を借りられる」と豪州の企業や家計を安心させる形で明確にすること(「FGの強化」)──という2点である。

 先々経済が回復してくれば、まず3年物のYTを外したうえで、政策金利の引き上げに踏み切る、という手順もRBAはYTの導入時からあらかじめ明らかにし、YTはあくまでオーバーナイトの政策金利を動かす際の補強的な手段として用いることを明確にしていたのである。

市場の健全性

 RBAは当初から、国債などの債券はあくまで民間金融機関から買い入れ、連邦政府や州政府から直接買い入れることは決してしないことは当然…

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週刊エコノミスト

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