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豪州中銀の金融施策レビューに日銀が学ぶこと 田中秀明

豪ドル紙幣 Bloomberg
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 金利をコントロールしようとした豪州の中央銀行の金融政策は、インフレを前に解除を余儀なくされた。その反省を踏まえた詳細なレビュー結果は日本にも示唆に富む。

 今年3月、オーストラリア準備銀行(中央銀行に相当、以下「豪準備銀行」)の金融政策やガバナンスなどを分析し、改善を提言する第三者によるレビューが発表された。金融政策のかじ取りは、世界中で一層難しくなっている。インフレが進む中、これまでの金融緩和から出口戦略、そして平時に戻る必要があるからだ。特に日本銀行は、なお緩和を続けており、難しい課題に直面している。この第三者レビューは中央銀行のあり方について非常に示唆に富んでいる。そこで、その概要を紹介しつつ、日銀の課題について考える。

解除と混乱

 豪準備銀行も、新型コロナウイルス感染症を契機に、金利がゼロに近づく中で緩和を続けるため非伝統的な金融政策を導入した。一つは、2020年3月に導入した「イールド・ターゲット政策」であり、3年物豪州国債金利を短期金利と同水準(0.25%、同年11月に0.1%に引き下げ)に誘導する。もう一つは、同年11月に導入した「債券買い入れプログラム」であり、国債などを購入する。

 このうちイールド・ターゲット政策は、21年後半以降インフレが加速したことを受けて、同年11月2日の金融政策理事会において解除が決定された(債券買い入れプログラムは翌22年2月に終了)。中央銀行が市場をコントロールすることが難しいからだ。しかし、この決定を受けて豪ドル相場が急落し、市場が混乱した。

 こうした状況を踏まえ、豪準備銀行はこれまでの金融政策に関するレビューを行っている。イールド・ターゲット政策の解除が遅くなり、豪準備銀行の信認にも痛手を負う結果になったことを認めている(詳細は本誌22年8月23日号の河村小百合氏の論考を参照)。

 チャルマーズ財務相は22年7月、将来的に豪準備銀行を世界最高水準の中央銀行とするために、そのレビューを行うと発表した。

 具体的なテーマは、①より明確な金融政策の枠組み、②より基盤が強固な金融政策の意思決定とアカウンタビリティー、③開放的でダイナミックな豪準備銀行、④より強固なコーポレートガバナンス、⑤制度と文化を変革する豪準備銀行の幹部──である。

 委員会は3人の専門家で構成されている。デ・ブラウワー博士(オーストラリア国立大学元教授、環境省元事務次官、現在はオーストラリア公務委員会総裁)、フライ-マッキビン・オーストラリア国立大教授、ウィルキンス・米プリンストン大学教授(元カナダ中央銀行副総裁)である。

 分析を行うために委員会は、内外の専門家・経済界・労働組合などとの協議、一般からの意見の募集、準備銀行の現役及び退職した職員への調査などを行っている。例えば、137回の協議、1114人への個別調査、117件の意見の応募である。デ・ブラウワー博士は筆者の20年来の友人であり、エビデンスに基づく分析を行うために相当のエネルギーを費やしたと話していた。

予測モデルへの依存

 報告書は冒頭に要約と提言が書かれ、本文は7章で構成される。第1章は金融政策のパフォーマンスを、第2章から第6章は先ほど紹介した五つのテーマを分析し、第7章は提言の実施を説明する。

 レビューの鍵となるのは、現状と問題点の分析である。これに基づき今後改善すべき点を五つのテーマ別に計41項目を提言する。

 第1章は、過去30年間にわたる金融政策を分析する。1990年代初期にインフレターゲット(2~3%)が導入されてから、豪準備銀行の独立性や政策運営が経済的なパフォーマンスの向上に寄与していると指摘する(表1)。

 他方で、インフレターゲットの目標に向けた見通しは十分に達成されていないこと、目標達成のための戦略についての広範な議論が欠けていること、理事会は意思決定に与えた要因や目標達成に関するリスクを十分説明していないこと、コロナ後の緩和策の経済的財政的な影響についての分析が十分ではなく、実際には費用対効果が低かったことなどを指摘する。

 また、22年のインフレ高騰における豪準備銀行の対応は遅く、それは賃金を過度に意識したことや供給サイドを軽視した予測モデルに依存したことが原因であると分析する。さらに、専門家の15%しか記者会見や政策文書、対外的な説明を評価しておらず、国民とのより効果的な対話が必要であると指摘する。

政策から人事組織まで

 第一のテーマについては、枠組みが十分に明確ではなかったことから、豪準備銀行のアカウンタビリティーが不十分であったと指摘し、豪準備銀行の独立性と金融政策の法的な目的をより明確に定義すること、弾力的なインフレターゲットを維持しつつ、それがどう機能しているかを明確に説明すること、金融政策を5年ごとに検証することなどを提言する。

 第二のテーマについては、理事会の構成と検討過程は、経済や金融上の問題を精査し、判断するためには十分ではないと指摘し、理事会は多様な視点と知識を有する専門家で構成するべきこと、理事たちに職員の多様な見解を提供すること、予測やマクロ経済モデルについての職員の能力を向上させること、外部専門家との会議を開催することなどを提言する。

 第三のテーマについては、管理職の指導者としての能力、職員の分析研究能力などが必ずしも十分ではないと指摘し、改善が必要と提言する。職員らは誇りをもって働いているものの、独善的・閉鎖的になりやすいことから、外部の多様な考えをもっと取り入れるべきと述べる。外部登用は増えているものの、幹部は内部登用が占めていると指摘する(表2)。

 第四のテーマについては、組織運営の責任が過度に総裁と副総裁に集中し、理事会の金融政策以外の監視機能が極めて限定されていると指摘し、組織の戦略、財務報告、ITシステム、職員育成、リスクマネジメントなどを監督し、助言するための「ガバナンス委員会」を設置するべきと提言する。

 第五のテーマについては、執行部の管理者は組織文化を変革する責務を負っているが、職員は必ずしもそれに反応していないと指摘し、執行部と職員の間での意思疎通を改善すること、ガバナンス委員会はこれらの提言の実施状況を25年6月までに検証するべきことなどを提言する。

日銀の改革が急務

 本レビューの特徴は、全体的なパフォーマンスを向上させるために人事・組織運営にまで踏み込んだ包括的なものであり、問題点を徹底的に分析し、それを解決するために提言していることだ。経済状況などが異なるとはいえ、今の日銀にもほとんど当てはまるのではないか。度重なる政策変更の根拠についての説明不足は多くの有識者が指摘しており、問題は豪準備銀行以上に深刻である。

 植田和男総裁は4月28日、初めての記者会見において、1998年以降の25年間を対象に緩和策を多角的に評価すると述べた。また、国会で政策運営についてわかりやすく情報発信することが極めて重要と述べた。姿勢は評価するが、豪準備銀行と同様のレビューができるだろうか。今後の日銀のあり方として3点を指摘したい。

 第一に、金融政策の枠組みの再検討と定期的な評価である。日銀は物価上昇率2%の目標達成後も緩和を続けている。過去に金融緩和を早期に解除したことで批判されたことから、解除に臆病になっている。緩和の継続はぬるま湯で心地よいが、永遠のゼロ成長だ。

 それまでの政策の分析も十分になく、いつの間にか賃金上昇率が重要と言っている。そうであれば、最初から賃金上昇率を目標にすべきだった。

 政策当局が状況に応じて政策を裁量的に変更することは、かえって事態を悪化させる。だからルールが導入された。英語のアカウンタビリティーは「説明責任」と訳され、単に説明すればよいと解釈されているが、全くの誤訳だ。あらかじめ決めた目標をその通りに実現することが本来の意味である。

 もちろん、その前提としてルールや枠組みについて十分な議論と検討が必要である。政策当局者は神様ではないので、時には失敗する。不可抗力が生じる場合もある。重要なことは、あらかじめ決められた枠組みに沿って政策運営を行ってきたことを根拠に基づき説明できることであり、現状や失敗を検証し、将来のための教訓を導き改善するアプローチだ。いわゆるPDCA(Plan-Do-Check-Action)であるが、日本の公的組織ではPDCAはほとんど回っていない。

 第二に、政策に関する透明性を高め、市場との対話や広範な議論を喚起するべきである。特に、今後の金融緩和の解除に向けたシナリオの検討と議論が重要だ。金融緩和の継続はタダではなく、費用対効果の検証も必要である。

 第三に、多様な意見や考えを取り入れるために理事の選任方法や職員の採用方法を検討する必要がある。また、職員の専門性や多様性を高めることが重要であり、外部登用も積極的に進めるべきだ。

(田中秀明・明治大学公共政策大学院専任教授)


週刊エコノミスト2023年10月31日号掲載

豪州準備銀行 包括的レビューから学ぶガバナンスとアカウンタビリティー=田中秀明

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