テクノロジー Web3
“歩く”だけで稼げるって本当? 「Web3」の潜在力 高城泰
近年バズワードになっているWeb3(ウェブ3)。デジタル資産で手っ取り早く稼ぐだけにとどまらない力を秘めている。
「稼ぐ」から「共同体の創出」まで
歩くだけでお金を稼げる──。そんな触れ込みで今年大流行したのが、「トークン(仮想通貨に類するが、管理者がいる通貨)」を稼ぐ仕組みである「STEPN」(ステップン)だ。
昨年12月にサービスを開始すると瞬く間に世界で94万人のユーザーを集めるまでに急成長し、8月にはSNSのLINEとの提携も発表した。ステップンで稼ぐためには「靴とスマホ」が必要となる。靴といっても「NFT」化されたデジタルスニーカーである。ここで“NFT”とは、「非代替性トークン(Non-Fungible Token)」の略で、端的にいえば、デジタル的な資産ながら“コピーの利かない有限の資産”を指す。近年、デジタルアートや趣味的なトレーディングカード、さらにはゲーム内のアイテム(道具)などをNFT化して、それ自体を取引する市場が急成長している。
暗号資産でNFTスニーカーを購入し、ステップンのアプリを起動しながら歩くと、スマホのGPS(全地球測位システム)と加速度センサーが歩行履歴を記録、歩数や時間に応じてステップン独自の暗号資産「GST」が報酬としてもらえる仕組みだ(図1)。
恐ろしく利回りがいい
実際にどのくらい稼げるのか。ブームが最高潮に達した今年5月ごろだと、1足約10万円のNFTスニーカーを履いて10分歩くと、およそ8GSTの稼ぎになる。当時、8GST=約3000円だった。10万円の初期投資に対して1日3000円の稼ぎだから、元本の回収までわずか1カ月強。あとは歩くほどに利益になる。
恐ろしく利回りがよく、しかもやることは歩くだけで特別な知識や勉強はいらないとあって会社員から主婦、学生までこぞってNFTスニーカーを買い求め、SNSはステップンの話題であふれた。ステップンは日本、中国、ロシアなどを中心に1日1万人ペースで新規ユーザーを増やし、「Move To Earn」(体を動かして稼ぐ)と呼ばれるジャンルで最初の成功例となった。
ところが5月になると潮目が変わった。ステップンが規制順守のために中国国内のユーザーの利用を禁止し、GST価格が大きく下落したのだ。4月末には1GST=1000円に達していたGST価格は8月末時点で6円ほどへと大暴落している。GST価格の暴落によりステップンの魅力も剥落した。1GST=6円だと10分の歩行でもらえるGSTの価値はわずか24円。NFTスニーカーの価格も数千円へと低下しているものの、ブーム時に高値で買って参入した人の採算は大きく悪化した。
GSTは無制限に発行されるため、報酬が支払われるごとにGSTの価値は希薄化していく。一方で、GSTには収益効率を高めるためのレベルアップや、新たなNFTスニーカーの生成といった用途もある。そうやってステップン内で使われたGSTは消滅するため、無制限発行による希薄化を防ぐ効果がある。それでもGST価格が暴落したのは、ブームにあおられ「歩く」よりも「稼ぐ」ことを主眼とした投機的なユーザーが多かったためだろう。
ステップンが本来めざしたのは、歩くことで健康をめざすユーザーたちが作り上げるコミュニティー(共同体)だった。GSTの報酬はウオーキングの動機づけの一つに過ぎない。「歩いて健康になる」ことを望む人は多いし、日常的にウオーキングする習慣がある人ならGSTの価格が低下しようが歩き続ける。「歩いて稼ぐ」魅力が低下しても、「歩く」ことそのものに魅力を感じる人にとっては問題ではない。実際、ステップンの新規参入者は減ったもののまだ1日1000人以上の流入がある。
ステップンのような「X2E」(Xは「方法」、Eは「稼ぐ」)プロジェクトは雨後の筍(たけのこ)のように生まれている。「寝て稼ぐ」や「学んで稼ぐ」、昨年から盛り上がっている「ゲームで遊んで稼ぐ」などだ。それらの成功の鍵は永続的なコミュニティーを作れるかどうか、なのかもしれない。
ステップンが目指したのは、ユーザーたちの交流や行動がコンテンツを生み出す「ウェブ3」的な世界観だ。ウェブ3とは情報の双方向性を維持しつつ、国家や企業などの中央集権組織に依存しないインターネットの進化形だ。
ネットが登場した「ウェブ1」の時代、ホームページを閲覧する程度で情報は一方向だった。ツイッターやフェイスブックが登場し「ウェブ2」になるとユーザーは閲覧するだけでなく自らも発信し情報は双方向となった。しかし、中国政府はツイッターなど特定のサイトが閲覧できない大規模な検閲システム「グレート・ファイアウオール」を築き、ツイッター社はトランプ氏のアカウントを凍結するなど、ウェブ2の双方向性は特定の国家、企業に依存している。
ウェブ3を通貨で表現したものがビットコインといえる。その取引の正当性はユーザー同士が「マイニング(採掘=ビットコインを得るための計算)」することによって証明されるため、ユーザーは利用者であると同時に取引の承認者でもある。
ところで、ビットコインは特定の企業など管理者を必要としない分散型システムの「ブロックチェーン」技術を基盤としている。その意味では、ブロックチェーンもウェブ3的な存在といえる。
「電子住民」集めた過疎地域
ブロックチェーン技術を利用したコミュニティー作りに成功しつつある例がある。2005年に長岡市に編入された新潟県の旧・山古志村だ。04年の中越地震と少子高齢化により約2000人だった山古志地域の住人は800人まで減少した。コミュニティー消滅の危機に対して山古志住民が武器として選んだのはNFTだった。デジタルアートのNFTの売り上げを原資に地域の活性化を補助金に頼らず自分たちの財源で進めようとするプロジェクトだ。
なぜNFTだったのか。募金やクラウドファンディングでは対象が日本国内に限定されてしまうし、協力してくれた人と永続的な関係を構築するのも難しい。しかしNFTなら資金調達の対象は世界に広がり、NFTを「電子住民票」に見立てて意見を吸い上げながら永続的関係を作ることもできる。
山古志はニシキゴイ発祥の地でもある。ニシキゴイの図柄をあしらったデジタルアートNFTを販売した。もとの図柄をアルゴリズムに従って自動的にアレンジし、すべてが1点ものとなる「ジェネラティブアート」で、合計1万点が発行される予定だ。作品1点が0.03イーサリアム(イーサリアムは仮想通貨「イーサリアム」の単位)=約7000円で販売されたNFTはすでに1000点近くが売れている。山古志地域の住民よりも電子住民のほうが増えた。その中には外国人もいる。山古志地域を存続させるためのプランを決定する「山古志デジタル村民総選挙」も行われた。過疎地域のデジタル化は着々と進んでいる。
もちろん課題もあるだろう。現地を見ているとは限らない電子住民が適正な判断を行うためには十分な現地情報の提供が必要だ。また電子住民とリアル住民のリテラシー格差の問題もある。山古志地域の高齢化比率は55%。NFTを購入するだけの関心や知識を持つ電子住民と高齢化が進むリアル住民との間では大きな格差があり、対立を生むかもしれない。課題は想像できるが、NFTの可能性を探る注目すべきプロジェクトといえるだろう。山古志地域では、電子住民は政策立案者であると同時に受益者となる。発券銀行や政府、運営企業や強い権限を持った中央組織がなくとも、決められたプロトコルに従い、ユーザーにより運営されていく新しいインターネットの姿が見えてきている。
岸田政権も「本気」に
ウェブ3は今年のバズワード(流行語)になっているだけでなく、岸田文雄政権が目玉政策の一つにしようとしている。近年、ウェブ3関連のベンチャー企業では日本の税制が障壁となり、シンガポールなどへの移転を迫られる例が増えていた。ステップンのようにウェブ3ではプロジェクト独自のトークンが使われることが多い。保有するトークンの含み益への課税はベンチャー企業にとって大きな負担となり、日本での起業が敬遠される大きな理由となっていた。岸田政権ではこうした障害を取り除くよう、来年度の税制改正に向けて議論を進めるという。
岸田政権のウェブ3への本気度には業界内でも驚く声が上がっている。これを「絵に描いた餅」で終わらせず、実行に移すことができれば、ネットとデジタルで米国や中国に後れを取っていた日本が一気にキャッチアップする起爆剤となるかもしれない。
(高城泰・金融ライター)